日本で大型のスタートアップを育てるためのリスクマネーが集まらないのはなぜか? その解決策とは? 日本の働く世代に手頃な資産運用サービスを届けるウェルスナビ代表取締役CEOの柴山和久さんの著書『元財務官僚が5つの失敗をしてたどり着いた これからの投資の思考法』発売を記念した『ファイナンス思考』著者・朝倉祐介さんとの対談では、ユニコーンをうみだせない日本の構造とその打開策を議論します。(撮影:野中麻実子)
ユニコーンを目指そうにも日本にリスクマネーがない
柴山和久さん(以下、柴山) 今のほうが、朝倉さんがスタートアップを経営されていた2010年当時より、スタートアップの資金調達が恵まれた環境にあることはたしかですよね。ただし、シリーズAの資金調達はかつてないぐらいうまくいく一方で、ユニコーン(企業価値評価額が10億ドルを超える未上場のスタートアップ)を支えられる規模のリスクマネーは、まだ日本にも存在していない。シリコンバレーであればプレIPO(上場前)ラウンドも大型のベンチャーキャピタルが担えますが、日本の場合はその層の投資家がないんですよね。先日、ユニコーンをめざす経営者との合宿をしたときも「山頂に行くほど空気が薄い」という話になりました。
シニフィアン株式会社共同代表
競馬騎手養成学校、競走馬の育成業務を経て東京大学法学部を卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに入社。東京大学在学中に設立したネイキッドテクノロジーに復帰、代表に就任。ミクシィ社への売却に伴い同社に入社後、代表取締役社長兼CEOに就任。業績の回復を機に退任後、スタンフォード大学客員研究員等を経て、政策研究大学院大学客員研究員。ラクスル株式会社社外取締役。株式会社セプテーニ・ホールディングス社外取締役。Tokyo Founders Fundパートナー。2017年、シニフィアン株式会社を設立し、現任。
朝倉祐介さん(以下、朝倉) 日本では、独立系のベンチャーキャピタルで「大型ファンド」と呼ばれるところでも運用額100~200億円ですから、ポートフォリオのバランスを考えれば1社に20~30億円は出せませんよね。米国では、70年代後半に年金基金によるオルタナティヴ投資(上場株式や債券など伝統的資産以外への代替投資)が解禁され、ベンチャーキャピタルに対してもLP(有限責任組合)として出資できるようになったのを契機に、スタートアップに対する投資が一気に拡大 したそうです。日本では今後、どうやってベンチャー投資に世の中のお金を振り向けていくかがポイントだと思います。残念ながら現時点では、アセットクラスとして確立していない。
柴山 ユニコーンをめざそうというとき、日本にリスクマネーがないから、みんなマザーズに上場することになります。でもマザーズに上場すると、個人投資家の一喜一憂に翻弄される世界に飲み込まれて、先ほど(前編参照:リンク)おっしゃったような株主総会の世界が待っている。いくら会社が「中長期的な価値を創造するために、今は赤字でもリスクを取るんです」と説明してもなかなか聞きいれてもらえないので、彼らに合わせて、目先の売上・利益を優先する「PL脳」にならざるを得ない。
結果として、日米で比較すると、日本のほうが上場企業の数は多いけど、時価総額の規模はアメリカより小さい。新しい産業をつくるには、アグレッシブな海外のリスクマネーを引っ張ってくるしかない、という状況になってしまっています。前回の東京オリンピックに合わせて東海道新幹線をつくるために、日本は世界銀行に借款しましたが、まさにあれと同じです。
朝倉 世界で2番目に金融資産が多い国なのに、海外から調達しないといけないなんて、どこの新興国か!って突っ込みたくなる状況ですよね。『ファイナンス思考』を読んでくださったマザーズ上場企業の経営層の方からよく言われるのは、内容は素晴らしかったけど、周りがPL脳のなかで自分たちだけファイナンス思考を貫いたら評価が下がるじゃないか、どうすればいいのか?という点です。
柴山 どうすればいいんですかね。
朝倉 ひとつのボタンを押したらすべてが解決する、というわけではないと思うんですけど、ひとつは、未上場企業への投資家層をもっと厚くして、上場タイミングを遅らせるというアプローチがあります。あとは、マザーズにもっと(投資先企業や事業環境を理解しつつ支援する)エンゲージメント型の投資家が入っていくよう促進して、スムーズに上場につなげるアプローチも考えられます。でも、その投資家たちに誰がお金を出すのか、というそもそもの話に戻るんですけど……。
あとは、やっぱり事業をマネジメントするのは経営者ですから、どれだけPL脳の批判にさらされても、自分たちの行く道を指し示して説明を尽くすのは大切だと思います。『ファイナンス思考』では「ステークホルダー・コミュニケーション」が重要だと書きましたが、きちんと投資家を説得できるだけの理論武装ができていないケースが多々あると思います。あとは、企業側が積極的に投資家を選びにいく方法もあるでしょうね。
企業側も事業ステージに合うリスクマネーを探しにいく
ウェルスナビ代表取締役CEO
次世代の金融インフラを日本に築きたいという思いから、2015年に起業し現職。2016年、世界水準の資産運用を自動化した「ウェルスナビ」をリリースした。2000年より9年間、日英の財務省で、予算、税制、金融、国際交渉に従事。2010年より5年間、マッキンゼーにおいて主に日米の金融プロジェクトに従事し、ウォール街に本拠を置く資産規模10兆円の機関投資家を1年半サポートした。東京大学法学部、ハーバード・ロースクール、INSEAD卒業。ニューヨーク州弁護士。
柴山 リスクマネーの中でも、それぞれ異なるレベルのリスクを求めていますしね。ざっくり言うと、エンジェル投資家やベンチャーキャピタリストは高リスク、マザーズ投資家層は中リスク、東証一部企業を支える投資家層はかなり低リスクを求めていて、それよりさらに低リスクを求めるのが個人投資家でしょう。だから、スタートアップの側も、リスクマネーの中で事業の成長ステージに合うところを探して、きちんとコミュニケーションをしにいくことが大事かなと思います。
朝倉 企業側が、株主を選んでいくことは重要ですよね。メルカリの場合、大手新聞に「赤字!」と出たのを見て、おそらく個人投資家が売ったために株価がドーンと下がったんですが、実はその直後には上がっている 。想像するに、株価が下がったのをチャンスと思って、主に海外の機関投資家が買いに入ってきたのでしょう。その結果、「PL脳」の投資家が排除される点は、企業にとっても長い目で見ればいいのかなとも思います。もちろん、本来的にはみんなが投資家と企業行動についてリテラシーを上げていくべきでしょうけど。
柴山 志向やリスクについて、企業と株主の求める方向性とレベルが、自然と一致していくわけですね。ただ、日本の個人投資家が損をして、海外の機関投資家が得をする構図でもあるのは問題ですよね。特に、海外の機関投資家はマクロの影響に左右されて売り買いする傾向が強いので、たとえばポートフォリオのベースとなる指数で日本への配分が6%から5.9%に下げると、その瞬間に日経平均は大きく下がる構造です。
朝倉 そうですよね。つまりいい事業を生み出すか生み出さないかというのと、まったく違うロジックで売られてしまう。期待値も超えているはずなのになぜ売られるんだ、と経営者なら思うはずです。
柴山 アジア通貨危機で突然外国の資金が引き揚げて、アジアの新興国が悲哀を味わったのと同じ構図ですよね。あるいはリーマンショックのとき、金融システムが一番安定しているはずの日本で株価が大きく下がり、経済にもダメージを受けて、回復も遅かったのも、背景にある構図は同じです。
経営者と投資家はどうすればわかりあえるのかー
朝倉 「金融」というお金を融通する世界の中において、投機的なお金の流れにも意義があることは否定しません。ただ、産業金融の矜持をもってお金を供給する投資家層がもっと厚くてもいいと思います。個人投資家の方たちも、リターンを増やすことをモチベーションに行動することは否定されるべきじゃないし、僕だって個人レベルではそうしますけど、同時に自分たちが提供しているお金を通じた会社の活動に思いを馳せることができたら、株価動向の受け止め方も違ってくる気がします。
柴山 個人投資家と会社経営者の双方が新しいマインドをもてたら、日本の産業がもっと立ち上がりやすくなるし、海外のマクロ的なトレンドにも流されにくくなりますね。
朝倉 現状、投資家と経営者はすごく遠い世界にいますよね。だから、投資家側もどういうロジックで事業がまわっているのか経営のことをもっと理解するべきだし、同時に、経営者やそこで働くビジネスパーソンの側も、投資家がどういうロジックで自分たちにお金を預けているのかを知り、そうした期待に応える意識を持つことで、少しずつ変わってくるのかなと思います。
柴山 そのためにも、『ファイナンス思考』と『これからの投資の思考法』はセットで読んでもらったらいいですね(笑)。
朝倉 そういうことになりますね(笑)。