人影に逃げられないように出入り口を固め、事務所のドアをたたき続けた。しばらくすると根負けしたのか、ゆっくりドアが開いた。月明かりが照らした人物を引っ張り出すことに成功したのだ。
これは小説の話ではない。広島市信用組合(広島県)の山本明弘理事長が、約30年前の1980年代後半に体験した出来事だ。
広島市信組といえば、山本が築いた独自の経営手法が業界内で注目を浴びる地域金融機関だ。
日本銀行の異次元金融緩和策により、融資で稼げなくなりつつある中、多くの金融機関が投資信託や生命保険の販売に注力し、新たな収益源に据え始めている。
しかし、山本は違う。こうした金融商品の販売には手を出さず、業務は融資一本。経営トップの山本自ら企業に足しげく通い、信用組合の原点といえる“地域密着型金融”を実践しているのだ。
信念は組織全体に浸透。支店長をはじめとする営業部隊も企業を駆けずり回り、他が貸さない赤字や債務超過の企業であっても、地域に必要な事業であったり、融資することで立ち直ることができると判断した企業には融資を実行する。むろんリスクを冒す分だけ高い金利水準となるが、審査期間は3日以内という異例のスピードだ。
そうした取り組み故、金融機関本来の収益力を示す「コア業務純益」は、16期連続増益という実績をたたき出す(下図参照)。