人は覚悟を持った時、足し算が掛け算になる
北野 浜本さんって、普通のどこにでもいそうなキャラクターですよね。具体的にはどんな風に演じたんですか。
朝倉 特に考えたのは表情を豊かにしようと思ったこと。監督から「とにかく元気に」と言われたんです。スイッチが入った後の彼女は以前とは違うから、「楽しんで演じてほしい」と。ずれてるくらいに明るく演じたつもりです。
北野 浜本が抱えている問題はどこにあると思いましたか。
朝倉 自分の身の振り方を相手に任せている感じでしょうか。ただずっと会社にいて自分が何をしたいのか見つけられてない状況も問題です。なんとなくそこにいて、なんとなく幸せになれるんじゃないかという感じに身を委ねている。自分自身を冷静に見ることはできるので、「これじゃいけない」と思うけれど、何をしていいかわからない。「とりあえず辞めよう」と退職願を出したことが彼女の大きな転機になったのではないかと思います。
兵庫県出身。神戸大学経営学部卒。就職氷河期に博報堂へ入社し、経営企画局・経理財務局で勤務。その後、ボストンコンサルティンググループを経て、2016年ハイクラス層を対象にした人材ポータルサイトを運営するワンキャリアに参画、サイトの編集長としてコラム執筆や対談、企業現場の取材を行う。TV番組のほか、日本経済新聞、プレジデントなどのビジネス誌で「職業人生の設計」の専門家としてコメントを寄せる。2018年6月に初の単著となる『このまま今の会社にいていいのか?と一度でも思ったら読む 転職の思考法』を出版。第二作『天才を殺す凡人』(日経新聞出版社)も好評発売中。
北野 いつも言っているんですが、人って覚悟を持った時、成果が掛け算になる。ビジネスにおいて、経験や技術は足し算ですが、「やるしかない」と決めた途端、パフォーマンスや成果が圧倒的に変わる。『転職の思考法』でもいつでも転職できるというカードを内ポケットに入れた時から、人生が変わり始めるエピソードを描きましたが、朝倉さんが演じた浜本のキャラクターがまさにそうでしたね。朝倉さん自身、女優業において、覚悟を持ったタイミングがあれば、聞いてみたいです。
朝倉 15歳でデビューして、実は一度、1年ほどお休みしていた時期があるんです。10代の頃、まわりの女優さんたちを見渡してみると、誰しも「あの監督と仕事したい」とか、「あの作品がいまの自分の芯となっている」という信念がちゃんとあって、でも自分はというと、特に何も持っていなかったんです。何も知らないし、わからない。情けなくて、辛くて。「自分のこんなところがいけないんじゃないか」と考え始めて、ついには「自分は向いてないんじゃないか」とも思い始めました。もっと広い世界を見て、沢山の知識を身につけてからやるべきだったんじゃないかと自分にばかり気持ちが向きすぎて、悔やむばかりでした。これは一度、休憩をとって、冷静になるべきだと思ったんです。
北野 わかります。僕も3年半ほど大きな会社にいたんですが、辞めて海外に行っていたんです。ところが帰ってきたら、再就職が大変。1年ブランクがあると日本の大きな会社はまずエントリーシートで落とされる。意味がわからなかったですね。人生を長距離走ととらえると、1年なんて誤差みたいな話じゃないですか。でも、一度でもレールから外れると戻るのがどんなに大変なことか。それがきっかけで『転職の思考法』を書いたんです。
もっと人々がリトライしやすい戻りやすい環境にできないものか。最初の会社で働き続けて満足なんて、初恋の人と結婚して幸せに過ごすくらい大変な確率です。「転職は裏切り者がするもの」という既成概念が人の幸せを阻害しているなんておかしいし、解決するべき。変わらないといけないと思って作った本なんです。きっと朝倉さんにとって、その1年間に考えたことはいまのキャリアにも絶対、ブラスになってますよね。
朝倉 その期間は自分のことを冷静に見つめるいい機会になりました。それこそ、北野さんのご本にもありましたが、「自分には何が強みなのか」「この先どうしていきたいのか」ということをじっくり考えられたんです。だからいまは、自分自身、焦ったり、迷ったりすることが少なくなりました。女優として、20代に1年間、休むというのはもしかしたら長い期間かもしれません。でも、立ち止まって冷静に考え直す時間は誰にでもあっていいんじゃないかと思っています。
『七つの会議』2019年2月1日(金)より全国東宝系にて公開
監督/福澤克雄
原作/池井戸潤『七つの会議』(集英社文庫刊)
脚本/丑尾健太郎、李正美
キャスト/野村萬斎、香川照之、及川光博、片岡愛之助、音尾琢真、藤森慎吾、朝倉あき、岡田浩暉、木下ほうか、吉田羊、土屋太鳳、小泉孝太郎、溝端淳平、春風亭昇太、立川談春、勝村政信、世良公則、鹿賀丈史、橋爪功、北大路欣也ほか
中堅メーカー、東京建電に勤務する八角(野村萬斎)は万年係長。トップセールスマンの上司、板戸課長(片岡愛之助)に叱責されても、のらりくらりとやり過ごしていた。ところが結果主義の北川部長(香川照之)のお気に入りだった板戸は八角に対するパワハラがきっかけで異動させられてしまう。新課長に浮上したのは常に二番手だった原島(及川光博)。やり手だった板戸のような成績を出せず、頭を抱えるが……。これまでの池井戸作品でもおなじみの超豪華俳優陣が勢揃い。戦士さながら激しい攻防戦を繰り広げる。ストレスフルな人間関係、ノルマの重圧、思わぬ人事の罠……会社員なら誰もが経験するさまざまな不条理が浮き彫りになる企業犯罪エンターテインメント。監督は社会現象を巻き起こした「半沢直樹」以降、池井戸作品の演出を手掛けてきた福澤克維。
『七つの会議』(集英社文庫刊)
きっかけはパワハラだった! 会社の業績を牽引する稼ぎ頭のトップセールスマンであるエリート課長・坂戸宣彦。彼を社内委員会に訴えたのは、歳上の部下で「居眠り八角」と呼ばれている万年係長・八角民夫だった。そして役員会が下した結論は、不可解な人事の発令だった。いったい二人の間に何があったのか。いったい今、会社で何が起きているのか。事態の収拾を命じられた原島は、親会社と取引先を巻き込んだ大掛かりな会社の秘密に迫る。決して明るみには出せない暗部が浮かび上がる。ありふれた中堅メーカーを舞台に繰り広げられる迫真の物語。日本の今、企業の正体をあぶり出す、大ベストセラーとなった衝撃のクライム・ノベル。