転機を迎えたのは、10年に社内で“働き過ぎの再建屋”の異名を取る平野がチームの責任者になってからだ。「これだ!」と思えば、寝食を忘れてしまうような熱血漢で、社内ではあちこちの部署の変わり者たちに愛されてきた。

 担当役員からは「事業を続けるかどうかを見極めてくれ。やめるなら、その理由をはっきりさせてくれ」と言い渡された。スタッフは、わずか3人である。ちょうど、帝人グループで、聖域なき大規模構造改革が進行中の時期だった。

RFID市場はこれから
経産省も旗振り役を再開

 長く産業用資材の素材営業マンだった平野は、独自のスタイルを貫く。もとより、「ルート営業は80%の時間で済ませ、残りの20%は新しいことを考える」という主義である。社外の人脈は多々あったが、電波や通信機器の知識は皆無だった。残りの新本夏樹、大内田真智子も同様で、3人は有識者を訪ね歩いて猛勉強を続けた。

 その過程で、「部材売り」の限界を痛感した平野は「システム売り」に切り替える模索を始める。既存の電波関連業界に協力を打診しても相手にされず、「素材屋なら素材を扱っておれ」と拒絶されるなどの辛酸も嘗めた。だが、平野たちは諦めずに、走り続けた。

 そうした血と汗と涙の結晶が、前述のレコピックだった。事実上、知識ゼロの状態から始めた“素人集団”だったが、過去に例のない簡便なサービスだったことが幸いした。今日では、バーコードを使った在庫管理システムで先行する大日本印刷や凸版印刷などを相手にして張り合っているのだ。

 例えば、千葉大学付属図書館(資料の利用状況の管理)、AGC(旧旭硝子。機密文書の管理)、東京都中央区立図書館(予約棚の管理)、聖路加国際病院(医療機器の管理)などで実績を挙げてきた。加えて、大規模工場などからも引き合いが来るようになり、今回のコンビニ案件へとつながった。