1999年、貧しい人々を背に政権を取ったのが、チャベス前大統領である。

 スペイン系、先住民、黒人の血を引き、陸軍士官学校で頭角を現した「青年将校」。一度はクーデターに失敗し投獄されたが、合法的政治運動に転じ1999年の大統領選挙で勝利した。

 医療無料化、農地解放、価格統制など貧困層に手厚い政策を推進した。南米に左翼政権が広がることを恐れた米国の干渉が始まる。

 2002年、CIAの支援を受けた軍がチャベス大統領を監禁。財界人のペドロ・カルモナ氏を暫定大統領に立てた。

 怒った貧困層が大規模なデモを展開し、情勢不利と見た軍が寝返り、チャベスは解放された。カルモナ氏は亡命しクーデターは2日で終息した。

 CIAはチャベス政権発足直後からクーデター工作を始めていたことが分かった。その後も暗殺計画が発覚するなど、米国との緊張関係が続いてきた。

 米国の干渉を受けながら、チャベス政権が社会主義的政策を遂行できたのはオイルマネーがあったからだ。豊富な石油収入がが貧者に手厚い分配を可能にした。

 一方で、取り分が減る大企業や富裕層は反発、海外からの投資は鈍化。国内の供給体制は、脆弱になっていった。

 経済が暗転する引き金になったのが、原油価格の急落だった。

経済制裁は
罪なき人を襲う「焦土作戦」

 石油収入で得た外貨で工業品や生活物資を輸入する経済は、原油安をもろに受け国際収支が悪化した。

 通貨ボリバルは下落、輸入品の価格は上昇し人々の暮らしを直撃した。

 石油企業を国有化し、要職を軍関係者に与えた内政が災いした。市況がいい時は素人経営でもしのげるが、悪化すると経営判断が追いつかない。原油生産は落ち込み、経済を委縮させた。

 2013年にチャベス大統領が死去、副大統領から後継についたマドゥロ氏は、石油一本足経済の弱点をもろに受けた。

 米国との対立で外資導入は進まない。原油の値下がりで資金不足に陥った。