ついつい使ってしまう「若者の○○離れ」
「○○離れ」という言葉が、メディアでよく使われる(筆者も使ったことがあると思う)。しかし、この紋切り型の言葉に違和感を覚える人は多いだろう。なぜなら、この言葉は「若者の」という枕詞をともなって使われることがほとんどだからだ。
若者といっても範囲が曖昧だし、そもそも「若者」という括り方はあまりにも雑で、ミニマムに見れば若者といっても多様な「個人」であり、嗜好もひとそれぞれである。そして、そもそも若者が「○○離れ」しているのは、個人の問題というより、社会構造の変化だったり、または時代の変化に社会構造の側が追いついていないだけだったり、その実際は「お金の若者離れ」が原因の一端だったりすることもある。
そういう感覚を抱いている人は、「○○離れ」の言説にモヤモヤすることだろう。
とはいえ、たしかに「○○離れ」という現象は起こっていて、それに対して不思議に思い、記事として取り上げたくなる気持ちもわかる。またメディアの人間ではなくても、「○○離れ」の話題を、お酒のさかなにして盛り上がっている人も多いはずだ。