日が暮れた浜辺で、壊れた堤防の破片に腰かけ、演奏する英順さん
日が暮れた浜辺で、壊れた堤防の破片に腰かけ、演奏する英順さん

「女の人の静かな声でね。きっと出演者の誰かがうたっているんだろうと思った」と大坪さんはいう。だが、後で確かめたところ、歌っていた人は誰もおらず、その場にいた全員が、そのハミングを聞いて、「誰の声だろう?」と不思議に感じていたことが判明した。

 さらに英順さんによると、「実は北海道で演奏した時も、アヴェマリアの時に、ハミングが聴こえた」という。

「洋子さんも、チェロの演奏を聴いて、天国で喜んでおられたのではないでしょうか」と大坪さん。

 暗い砂浜、ひきずりこまれそうな夜の海、寄せては返す波の音と哀切なチェロの響き、伝説の人魚の歌声のような女性のハミング。筆者は、怖いほど美しい情景を思い浮かべたのだが、この話にはさらに、不思議な続きがある。

決して忘れない
今年もそっと手を合わせる

 それはコンサート後、一同が仙台のホテルに移動したときのこと。運転していたのは地元・宮城の人なので、普通であればすいすい着くはずなのに、なぜか道に迷い、到着はだいぶ遅くなってしまった。

 演奏で力を出し切り、放心したようにフロントの前に立っていた英順さんに、見知らぬ女性が声をかけてきた。

「あの・・土田英順さんでしょうか?」 「そうですが・・」 「突然声をかけ、失礼をお許し下さい。 私、舩渡順子と申します。大船渡でチェロを残して津波の犠牲になった、舩渡洋子の姪です。」 「えぇっ!」 「土田さんが、叔母の残したチェロでチャリティ・コンサートを続けていらっしゃることは、聞いております。」 「・・・・・」 「叔母は天国でどんなに喜んでいることでしょう。本当にありがとうございます。」・・山元町の海岸から到着したばかりの仙台のホテルのロビー・・声をかけてきた見知らぬ女性は、洋子さんの姪でした。(ブログ(『土田英順のボストンバッグにチェロと酒』より)

 なんと、本当に偶然、そのホテルの前を通りかかった舩渡さんの姪が、舩渡さんのチェロを持っている英順さんに気づき声をかけてきたというのだ。