「でも、ギリシャと日本とを同列に見るわけにはいかないわよ。GDPでも桁が違う。ユニバーサル・ファンドの資金は多くて数千億円。日本国債市場に影響を与えようと思ったら、少なくとも数兆円単位の資金が必要なはず。いえ、それ以上。いくらギリシャで儲けても、利益は数百億円でしょ。彼らの目的は、しょせん金儲け。日本経済に揺さぶりをかけて、そのすきに儲けるつもりでしょうけど。そのためには兆単位の資金が必要よ。日本をターゲットにしてもムリな話よ」

「資産運用会社が投機に走るってことはないか」

「有り得ない」

 優美子は即座に否定した。

「リーマンショックで懲りたはずよ。彼らは大損失を出した。投機などを禁止する規約を守ってるはず。短期決戦の危険な投機より、長期安定型の着実な融資先に限ってる」

「じゃ、日本国債なんて理想的だ」

「インターナショナル・リンクが3段階下げる国債に手を出すはずがないじゃない」

 優美子は淡々とした口調で話した。やはり財務省のキャリアだ。

 資産運用会社は主に年金基金などを預かり、運用する企業だ。アメリカ、フィラデルフィアの資産運用会社は140兆円もの資金を動かしている。ただし、損失を出さないことを第一に考え、主に国債など信用のおけるものを中心に扱っている。しかし、国債の信用度が下がるとすぐに引き上げる。そのため、一般投資家の動揺を誘うこともあった。

「しかしきみだって、ユニバーサル・ファンドが気になっていたから、ホテルまでジョン・ハンターの顔を見るために行ったんだろ」

「あのときは単なる興味からよ。どんな男が国を相手に大ばくちを打つんだろうって。でも、今は違うでしょうね。おそらく敵の顔を知るため」

「やはり敵だと思っているんだ。じゃ、財務省を通じて金融庁にユニバーサル・ファンドの動向に注意するよう言ってくれ」

「先輩に伝えておくわ。ところで、昨日は村津さんとどこに行ってたの。チーム内で、村津さんと個人的に親しいのはあなただけって噂になってる」

「ことの発端は僕だって言ったのはきみだろ。だから彼は話し易いんじゃないか」

 やはり村津と会ったことを知っていた。長野まで迎えに行ったこと、そして娘の早苗のことは言わなかった。しかしもう知っているのかも知れない。

「答えになってない。みんな、裏で何が起こっているか、知りたいのよ。そして知る権利がある」

 たしかにその通りだ。だが森嶋の口から話すことは出来ない。すべての業にはときがある、村津の好む言葉だ。

「首都移転が本気で考えられるとなると、今の人数じゃ足りなくなるんじゃないか」

「それはみんなも言ってる。こんな少人数で何が出来るんだって。私たちがやるのは窓口にすぎないんじゃないかって」

 森嶋は昨日会った、室山と玉井のことを考えた。状況は自分たちが考えていより、ずっと先を進んでいるのではないか。ふと、そう思った。

 その時ドアが開いて、村津と遠山が入ってきた。

 部屋に緊張が漂った。2人に続いて入ってきたのは、国交大臣、財務大臣、総務大臣だ。

(つづく)

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