それを大会本部に発見され、試合中に咎められた高校の部長が、「どこでもやってるじゃないか」と開き直ったという話も取材で聞いたことがある。

 これに対してバッテリーは、二塁に走者が出た場合だけサインを変える、回によって変えるなどの対応をする場合もある。

 走者が出ると、ただ本塁に返さない投球を心がけるだけでなく、このような無言の重圧を受ける。それだけに、二塁に走者を送れるか否かは、攻撃側にとって重要なわけだ。犠牲バントは、ただ得点圏に走者を送る以上の意味がある。

 98年のオフにルールが改訂された直後、甲子園に何度も出場している監督がこんな話を苦笑しながらしてくれた。そのチームは東日本の高校だが、ひとり、関西からの野球留学生がいた。高野連からの通達を監督が選手に伝えると、選手のほぼ全員が「わかりました。もう二塁からサインの伝達はしません」という顔でうなずいた。ところが、関西出身の選手だけが違うことを言ったという。

「そうですか。そりゃ今度から、うまくやらな、あきませんね」

 監督も驚いたそうだが、それ以上にきょとんとしていたのは他の選手だった。強豪がひしめく関西の発想がこうも違うのかと実感した出来事だったわけだ。

 関西の地方大会を見に行って私自身も目撃した実例がある。高校野球ファンでなくても知っている強豪校の試合を観戦していたとき、関西の中学野球の関係者が私の肘をつついて、「二塁ランナー、見てくださいよ」と言う。最初は気付かなかったが、見ているうちに、その言葉の意味が理解できた。

 強豪校の二塁走者は、捕手のサインを確認し、速球だと見るやスススッと素早い動きでリードを取る。変化球系の場合はのろのろとゆっくり動き始める。これらの動きは、どちらもありえるリードの方法だから、「違反!」と抗議のしようもない。だが、そうとわかれば、二塁走者が打者にサインを伝達しているのは明らかだ。そして、それを知った相手チームのバッテリーは地団太を踏みながら、見えないプレッシャーを受けて、自分たちの自然なリズムをどうしても崩してしまう。

 今回も、星稜の選手が「足の運びが」といった話をしたようだが、上記のような伝達方法が疑われたのかもしれない。