「やった者勝ち」の論理が
中学硬式野球でもまかり通る現実

 本当は、ばれるか、ばれないか、ではなく、「やらない」のが当然だ。しかし、勝つためなら、「そんなの当たり前」なのだ。それが残念ながら、いまの高校野球の常識であり、主流だ。すべてとはいえないが、ここ数年、甲子園で頂点を争うチームの多くは、「そんなの当たり前」の方針に彩られた不愉快なプレーが目立つ。悔しいけれど、そういうチームを敢然と一蹴する正義のチームはなかなか現れない。だからいっそう「そんなの当たり前」が支配する。

 私は中学硬式野球の監督を昨春まで8年間務めたが、練習試合の途中、守備から戻ってきたエース投手が「ランナー・コーチがサインを教えています」とつぶやいた。次の守りで確認すると、こちらの捕手のサインの出し方も甘いのだが、確かに一塁コーチが捕手のサインを覗き込んで打者に教えている。タイムを取って主審に伝えた。すると、練習試合のため主審が相手チームの審判だったせいもあるだろう、一瞬、嫌な顔をされた。それからしぶしぶ、相手ベンチに行って抗議の趣旨を伝えた。相手の監督はさらに嫌な顔をして、一度は審判に抗弁した。しかし、審判に諭され憮然としてベンチに腰を下ろした。

(そんな野暮なことを言う監督のチームとは金輪際、試合をしたくない)という顔に見えた。

「どこだってやっていること。やらなきゃ勝てない。高校でもやっているのだから、中学でそれを教えなければ選手は強豪校で使い物にならない」

 というのが、中学野球指導者の言い分だ。これは小学生の野球にまで波及している。私は少年野球のコーチをしていたときも、勝つためにラフプレーを選手に教えている相手監督と、それを容認している主審に抗議した経験がある。だが、認められないばかりか、危うくこちらが退場になりかけた。しかも、ラフなプレーから身を守ってあげたつもりの自軍選手の両親からも陰で嘲笑された。「小学生だからまだわかるけど、中学野球でもそんな綺麗ごとを言ったら笑われるよね」と。

 つまり、野球界には、フェアプレーとは裏腹の、ルール破り、マナー無視のブラック・プレーがはびこっている。そういう風潮が一部ではなく、勝利を目指すチームでは主流になっているのだ。