こうした動きは、今後、少しずつ加速していく。「助走期」から「飛翔期」への移行はすでに始まっていて、これからデジタルは長い年月をかけて社会の隅々に浸透していくだろう。

 ただし、それがどの業界、どの企業から進むのかはわからない。業種や企業規模というよりも、属人的な要素が大きいからだ。経営トップが強い危機感を持っている企業、デジタルの必要性を強く意識している企業から、デジタル化が始まっていく。そして、それらの企業が一定の成果をあげることによって、さまざまな企業・業界に広がっていくのではないだろうか。

デジタルの浸透には長い時間がかかる

 先ほど私は「デジタルは長い年月をかけて社会の隅々に浸透していく」と述べた。その根拠は、デジタル化を推進するICTが現代における汎用技術だからである。

 汎用技術とは、特定の生産物だけに関係するものではなく、あらゆる経済活動で利用され、関連する分野が非常に広い技術を指す。18世紀の産業革命で生み出された蒸気機関や、その後、蒸気機関に代わって導入された電気が、代表的な汎用技術として挙げられる。

 電気は19世紀末に電灯事業で利用が始まったが、工場の動力としての利用は遅れ、工場の電化によって産業の生産性が上昇したのは1920年代以降のことだった。その間、およそ40年が経っている。働き方や組織の体制を変えなければ、工場の蒸気機関を電気に替えることができなかったからだ。

 現代の私たちは電気の利便性をよく知っているので、「さっさと電気に替えればよかったのに」と思いがちだ。しかし、電気に替えるためには工場の設備やレイアウトをガラリと変えなければならないし、職人さんの働き方も変えなければならない。彼らには変わった後のことが想像できないので、心理的な抵抗が強く、なかなか意識を変えることができない。汎用技術が行き渡るまでに長い年月がかかる大きな要因はここにある。

 現代の汎用技術であるICTについても同じことがいえる。デジタル化を進めるには、組織や働き方などの変革が必要となる。

 モノづくり企業では、デザインから設計、原材料調達、製造、物流、販売に至るまで、一方向の意思決定の流れに適した組織が構築されている。しかし、製造したモノにセンサが組み込まれ、センサから得られたデータを設計や製造に反映できるようになると、情報が双方向にスムーズに流れる必要がある。一方向の流れに適した組織では、情報が双方向に流れにくいので、最適な組織形態を模索することが求められる。

 組織の体制を変えれば、それに合わせて従業員を配置し直す必要が生じる。一人ひとりの仕事のやり方も変えなければならない。それが現場の反発を招き、変革の障害となる。ICTが進化するスピードは蒸気機関や電気よりもはるかに速いが、人の意識は昔も今もほとんど変わらない。