真のデジタル社会はいつ到来するのか

 では、デジタルが社会に浸透し、真の意味でデジタル社会が到来するのはいつごろになるのか。ある産業がバブルの崩壊を経て台頭するまでの歴史を振り返ると、30~40年で本物になるという見方ができる。

 1850年にイギリスで「鉄道バブル」が崩壊した。1840年代に鉄道会社が相次いでロンドン市場に上場すると、鉄道が儲かりそうだということで投資家が鉄道株に殺到した。鉄道会社にお金が集まり、各社が競って全国に線路を敷設するようになるが、6000マイル(1万キロ弱)もの線路を敷設したところでバブルが弾けた。しかし、結局のところイギリスの鉄道が黄金期を迎えたのは、それから30~40年後の1880年代から90年代になってからだった。

 1929年の世界大恐慌は、ニューヨーク証券取引所における自動車株と電力株のバブルが崩壊したことがきっかけと言われている。自動車株と電力株が急上昇したことでバブルが始まり、一時はアメリカだけで自動車メーカーが300社もあった。しかし道路が舗装され、高速道路が整備されて自動車が社会のインフラとなったのは、1950年代から60年代だった。ということは、やはりバブルが弾けて30年ほど経ってからということになる。

 それらを踏まえると、インターネットバブルが2000年ごろに弾け、2008年にリーマンショックで再びバブルが弾けてから、まだ10年ほどしか経っていない。そう考えると、デジタルが社会の隅々に行き渡り、真の意味でデジタル社会が到来するのは、いまから約20年後の2040年以降になるのではないかと考えられる。

 ただ、私が言っているのは「行き渡る」までの期間であって、その動きはすでに始まっていることを忘れてはならない。ひとたび流れができれば一気に加速していく。初期の段階で主導権を握った者が勝つのは間違いない。つまり、早く動いた者が勝ち、後れを取った者は負ける。それはどの分野のどんな競争でも変わらない。

 すでに、デジタル化とは距離がありそうな農業の分野でも、デジタル化に意欲的に取り組んでいる生産者がいる。その一方でデジタル化は必要ないという生産者も多く、この人たちの意識が変わりデジタルが浸透するまでには長い年月がかかるという意味だ。後れを取ったら、たとえ生き残れたとしても先頭グループを走るのは難しいだろう。

森川博之(Hiroyuki Morikawa)
東京大学大学院工学系研究科教授

1965年生まれ。1987年東京大学工学部電子工学科卒業。1992年同大学院博士課程修了。博士(工学)。2006年東京大学大学院工学系研究科教授。2007年東京大学先端科学技術研究センター教授。2017年4月より現職。
IoT(モノのインターネット)、M2M(機械間通信)、ビッグデータ、センサネットワーク、無線通信システム、情報社会デザインなどの研究に従事。ビッグデータ時代の情報ネットワーク社会はどうあるべきか、情報通信技術は将来の社会をどのように変えるのか、について明確な指針を与えることを目指す。
電子情報通信学会論文賞(3回)、情報処理学会論文賞、ドコモ・モバイル・サイエンス賞、総務大臣表彰、志田林三郎賞などを受賞。OECDデジタル経済政策委員会(CDEP)副議長、新世代IoT/M2Mコンソーシアム会長、電子情報通信学会副会長、総務省情報通信審議会委員、国土交通省国立研究開発法人審議会委員などを歴任。
著書に『データ・ドリブン・エコノミー』(ダイヤモンド社)がある。