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アップルがサブスクリプション業界の脅威になった

 アップルは3月25日のイベントで、雑誌、ゲーム、クレジットカード、テレビの各種サービスを発表しました。雑誌はすぐにスタートし、カードは夏から、そしてゲームとテレビは秋からのスタートとなります。

 サービスとして見るのではなく、iPhoneのユーザー体験として見てみるとどうでしょうか。すると、アップルが既に提供している音楽のサブスクリプションサービス、Apple Musicの設計と同じであることが分かります。

 Apple Musicは、iOS標準のアプリである「ミュージック」と統合されたサービスであり、追加アプリをダウンロードすることなく、そして多くの場合、追加でクレジットカード番号を入力する必要もなく、すぐに5000万曲という膨大なタイトルを楽しむことができるようになります。

 ここで重要なのは、

1. 「Apple MusicをiPhone以外の手段がなくても知ること」ができる
2. 「追加アプリをApp Storeからダウンロードする」必要がない
3. 「新たにアカウントを作成」する必要もない
4. 「カード番号を入力」せずに使い始められる

 という4点です。

 裏を返せば、Apple Musicの競合となるサービスは、この4つのハードルを乗り越えなければ、サービスに登録することができないことになります。

 イベントでティム・クックCEOは、ハードウェア、ソフトウェア、サービスの三位一体の開発を標榜し、これによって優れたユーザー体験を実現するアップルならではの方針を打ち出しました。

 確かに、純粋に音楽を聴き始めるまでのハードルはなくなりました。

 同様に、雑誌であればNewsアプリ、クレジットカードであればWalletアプリ(クレジットカードを作成するところからして、このアプリだけで完結します)、ゲームであればApp Storeアプリ、テレビであればTVアプリを開けば、すぐに洗練された体験を楽しめる環境を整備しているわけです。

●アップルの支配色が強くなった

 こうしたアップルのサービス強化戦略に対して、脅威を感じてる企業も少なくありません。音楽サブスクリプションサービスというトレンドを切り拓いたSpotifyと、映像ストリーミング時代を切り拓いたNetflixの2社です。

 いずれもデジタル時代の新しいサービスを作り出した開拓者として大きな役割を果たしているだけでなく、アップルの現在の姿勢に対して不満を持っている点でも共通しています。

 Spotifyは2015年7月に、ユーザーに対して「3ドルの節約の仕方」として、App Store経由での課金ではなくSpotifyアカウントから直接月額課金を行うことを勧めるメールを発送しました

 また2019年3月に、アップルが開発者に課している30%の手数料は不当だと訴えています。Netflixも2018年11月末をもってiOSアプリ内でのサブスクリプション課金を打ち切りました。

 特にSpotifyは米国市場における有料会員数でApple Musicに追い抜かれており、Netflixに対してもアップルのテレビサービスの脅威が迫っています。そうした中で、自社の利益を確保する姿勢を強めているように見えます。

●欧州対米国という構図再び

 Spotifyはアップルの手数料が高いという点について、欧州委員会にも訴えています。Spotifyはもともとスウェーデンで創業した欧州籍の企業。アップルは当然米国企業であり、欧州委員会からすれば「欧州の企業が米国企業によって不利益をこうむっている」という単純な構図となってしまいます。

 かつて、マイクロソフトはブラウザーのバンドルやWindowsの販売で、グーグルはショッピングサービス、Androidを巡る端末メーカーとの契約、そして広告市場における支配的な地位を指摘され、欧州で制裁金を課されてきた歴史があります。グーグルが欧州委員会に支払いを課された金額は累計1兆円に上ります。

 折しも、欧州は昨年5月に一般データ保護規則(GDPR)が発効。欧州を含む世界中から膨大なデータを集める米国テクノロジー企業の支配に対抗する権利を持ちました。さらなる規制や責任ある行動を求める法律の整備も進んでいます。

 アップルは、マイクロソフトやグーグルほどの支配的な存在とは言えず、iPhoneの世界シェアは15%程度、欧州の多い国でも英国で40%程度ですが、ターゲットになっていることは確かです。

 ハードウェアとソフトウェアにサービスをバンドルすること、それ以外の企業には手続きや手数料を課している点は、アップルに対して欧州委員会が是正を求め、制裁を課してくると考えて良いでしょう。

●アップルの反論

 アップルは欧州方面での動きも見据えて、ウェブサイトにSpotifyへの反論を掲載しています。論点となっているポイントを挙げます。

・ アップルはSpotifyアプリを無料で3億ダウンロード以上配信しており、CarPlayやAirPlay 2など、プラットホームに深く入り込む技術的な対応について、他の開発者と同様に扱っている。
・ 無料アプリ開発者が受け取っているメリットを、有料課金アプリで得ようとしている。
・ 1年以上経過したユーザーからの手数料が15%に下がることに言及していない。
・ Spotifyの大部分の無料ユーザーについて、アップルへの支払い義務がないことに言及していない。
・ Spotifyは携帯電話事業者とともに有料ユーザーを獲得しているが、そうした事業者に手数料を支払っていることに言及していない。
・ Spotifyに著作権使用料の支払増額を求めた米国著作権ロイヤルティ委員会(CRB)の決定を受けて、Spotifyは音楽クリエイターたちを告訴した。

 アップルはSpotifyが、プラットホームとエコシステムにただ乗りしようとしている点、また音楽の新しい聴き方の普及ではなく自分たちの利益を追求しようとしている姿勢を批判する内容となっています。

 こうした主張がどのように働くのか、引き続き経緯を見守る必要がありますが、アップルとしては、共通のルールの中でプラットホームを提供しているのに、その整備してきた労力を侵害するな、という主張です。

 ただし、だからといって、iOS標準のミュージックアプリと、サブスクリプションサービスであるApple Musicが統合されている部分が変わる訳ではありません。ユーザーのためにはなっても、競争上は問題視される可能性がある、というわけです。


matsu

筆者紹介――松村太郎

 1980年生まれ。ジャーナリスト・著者。慶應義塾大学SFC研究所上席所員(訪問)。またビジネス・ブレークスルー大学で教鞭を執る。米国カリフォルニア州バークレーに拠点を移し、モバイル・ソーシャルのテクノロジーとライフスタイルについて取材活動をする傍ら、キャスタリア株式会社で、「ソーシャルラーニング」のプラットフォーム開発を行なっている。

公式ブログ TAROSITE.NET
Twitterアカウント @taromatsumura