ニーアル・ファーガソン 著
(日経BP社/1巻4200円、2巻4500円)
米国の政治家キッシンジャーといえば、1960年代後半から70年代後半にかけて、政権の中枢でベトナム和平協定や、米中接近などの外交を仕切り、最近でもトランプ大統領に助言する、泣く子も黙る世界的な人物だ。東西冷戦の真っ最中に大統領補佐官、次いで国務長官を務めた同氏は、キューブリック監督の映画「博士の異常な愛情」(64年)の主人公ストレンジ・ラブ博士のモデルにもなった。
本書は、そのキッシンジャーがこれまた著名な歴史家のファーガソンに、私文書を含む資料を提供して書かれた「公認評伝」である。10年以上かけて4万ページ余りもの文書に目を通し、68年に閣僚になるまでが描かれる半生が、圧倒的な情報量で読者に迫る。著者は、未完成原稿で削除されるに至った文章の意味までを問い、毀誉褒貶激しい論評の類いにも目を通して執筆した。そのまま戦後史を復習する貴重な読書経験でもある。
キッシンジャーは、美しい女性に目がなかったことや、外交そのものよりも政策形成の過程に関心を持っていたこと。通常思われているのと異なり、ビスマルク流の勢力均衡策に批判的だったことなど、一般的には知られていない事実も明かされる。公認だからといって、批判的なことが書かれていないわけではない。キッシンジャーのノーベル平和賞受賞でかき消されてしまったが、当初はベトナム戦争拡大に前向きだったことなども詳らかにされている。
もっとも、キッシンジャーという稀代の人物を通じて著者が描きたかったのは、外交、さらに言えば、政治的な意思決定全般で理想主義が不可欠だという点だ。
キッシンジャーは、米国が行った現実主義外交の代名詞のように扱われるのが通例だが、ファーガソンが見る彼はそうではない。そのカント哲学への傾倒などから、実際には一貫した(本書の副題にもあるように)理想主義者だったというのが、著者の見解である。
なぜなら、政治とは、外的世界に対して能動的に働き掛けることを前提とするものである限り、何らかの理想を高く持たなければ、なし得ないものだからだ。キッシンジャーが、かくも無節操に見えるかのように、権力の階段を駆け上がっていったのかという謎は、一貫して抱えていた理想主義を抜きに理解することはできない――。
氏の口から発せられるドイツ訛りの独特のダミ声も、新たな響きを持って聞こえてくるだろう。上下巻で約1300ページ。米国や外交に関心がある読者はもちろん、政治という営みに関心を抱く者にとっても学ぶところは大きい。
(選・評/北海道大学大学院法学研究科教授 吉田 徹)