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アメリカでは、美術専攻の学生でもファイナンス理論を受講するなど、入学時は「文系・理系」の枠にこだわらず幅広く勉強する仕組みとなっている(写真はイメージです) Photo:PIXTA

文系にとっては肩身の狭い時代だ。「文系でもわかる〇〇」「文系のための〇〇」といったネットや雑誌の特集をよく目にするのも、グローバル化やAI技術の発展などによって、危機感を抱く文系ビジネスパーソンが多いからだろう。これからの時代、文系が生き残るためにはどうすればいいのか。投資家の視点から教育・キャリアについて数多くの提言を行っている岩崎日出俊氏に聞いた。(清談社 村田孔明)

文系・理系に分けるのは日本だけ!?
学びながら進路を選ぶアメリカ人

 日本とアメリカの各高校を卒業し、早稲田大学政治経済学部、スタンフォード大学ビジネススクールで学んだ岩崎氏は、日本の文系・理系の分け方は、世界から見れば珍しいものだという。

「文系・理系という分け方をしているのは、実は日本だけです。世界の70億人の中で、日本の1億人だけが文系・理系の分け方に、いまだにこだわっています」

 日本では文系・理系とはっきりと分ける教育システムが一般的だが、ここには大きな問題点があるという。

「日本ではたいてい高校1年時に文系・理系の進路を決めます。しかし、ここで文系を選択した学生は、将来の職業の選択肢がかなり限定されてしまう。15、16歳のときの決断、それも数学が好きか嫌いかを基準にした選択で、人生が大きく変わってしまうのです」

 たとえば、アメリカの総合大学では、入学時には学部、コースが分かれていない。入学後に文系・理系の分野を問わず幅広く勉強し、学びながら自らの進路を選択できるようになっている。専攻はあるが、単純に文系・理系という分け方ではない。この日米の教育システムの違いは、生涯の学習意欲にも影響するようだ。

「ビジネススクール時代、日本からの留学生は高度な数学が必要となるファイナンス理論を避けていました。多くが文系学部出身だったので、数学はできないと思い込んでいたのでしょう。一方、アメリカ人の中には美術専攻の学生もいましたが、彼女は苦手意識もなく挑戦し、すぐに議論に参加できるようになりました」

 数学が苦手で文系を選択した日本人は「文系だから」と勝手に限界をつくり、自分の可能性を狭めてしまっているのではないか、と岩崎氏は警鐘を鳴らす。