米国の就業者のうち現在の職に就いて1年未満の人の割合

22.6%(2016年) 出所:経済協力開発機構

 中央銀行がいくら頑張ってもなかなかインフレ率が2%に到達しない悩みは、先進国共通の課題だ。その大きな原因である賃金の伸び悩みも日本だけの問題ではない。

 賃金の伸び悩みの一つの要因は、給与アップを狙って転職する人が減っていることだ。日本の場合は、終身雇用制と年功序列型の賃金カーブの下で、従来の職にしがみつく人が引き続き多いことが賃金上昇の足かせになっている。

 意外なことに、本来転職が活発であった米国でもステップアップを図ろうとする動きが低調になってきている。米国の就業者のうち、現在の職に就いて1年未満の人の割合は2016年で22.6%だった。この比率は景気の局面で変動するが、02年に24.4%あったころから趨勢的に低下しており、これだけ失業率が低くても同じ職にとどまる人が増えている。英国でも同様の傾向が見られる。

 米国で過去1年に転職した人の賃金の前年比伸び率は、同じ職にとどまった人に比べて昨年の平均で1%ポイント程度高い。転職活動が活発であれば、賃金・物価はもっと上がっていたはずだ。

 転職による金銭的メリットは引き続き同じような状況にある中で、現在の職にとどまる人が増えているのはなぜか。ある実証研究によると、転職に後ろ向きの傾向は労働者の年齢や教育水準、スキルを超えて見られているという。

 一つの要因は制度面だ。米国では、採用に当たって一定の学位を求める傾向が強まっており、それに実際の教育が追い付いていないことが転職を妨げている。また、雇用契約の中に競合他社への転職に制限を加える条項を入れる傾向が強まっていることも事実だ。

 グローバルな観点から、企業の退出と新規参入が減少して転職機会が減少している上、労働組合の交渉力が低下している。他方、トランプ現象などの地政学リスクで経済の先行きに対する不確実性が増している。デジタル技術の発達で人の仕事が奪われかねない状況にもある。このような環境下では、リスクを取って転職するよりも、目先の安定を求める姿勢は無理からぬことだろう。

(オックスフォード・エコノミクス在日代表 長井滋人)