ロシアW杯後、仏クラブへ移籍の川島
森保ジャパンを「第三者的に見ていた」

 ロシア大会後にストラスブール(フランス)へ移籍した川島は、公式戦に1試合だけ出場しただけでシーズンを終えた。元日本代表監督のヴァイッド・ハリルホジッチ氏が率いるナントとのリーグ戦最終節で先発し、1-0の痺れる勝利に貢献して森保ジャパンに合流していた。

「今シーズンは試合に関われない時間の方が多かったので、パフォーマンス的に何かを得られたかといえば別に何もない。ただ、自分の中において、サッカーに対する高みに挑戦したいという情熱はまったく変わらないし、次に向かっていく上で気持ちも充電できましたし、体のコンディションもよりよくなってきている。その意味で昨シーズンはいい時間になったと思う」

 ヨーロッパの地に限れば通算5チーム目となるストラスブールでの日々を、川島は努めてポジティブに振り返っている。いつ出番が訪れるか分からない第3ゴールキーパーとして、それでも常に万全の心技体を整えながら、新たに船出した森保ジャパンを第三者的な視点で見ていた。

「新しいチームとしての可能性を、外から見ていて感じました。正直、ストラスブールにおける自分の状況はずっと厳しいものだったし、自分は呼ばれる立場にないとも思っていた。その意味で焦りといったものもなかったし、自分の挑戦に集中すべきだと思っていました」

 挑戦とは海外のリーグで成功を収め、日本人ゴールキーパーのステータスを高めていくこと。将来を見越して、プロの第一歩を踏み出した大宮アルディージャ時代から語学を習得。英語とイタリア語、スペイン語、ポルトガル語、オランダ語に加えて、今ではフランス語も流暢に操る。

岡崎は背番号9を手放すも
「もう一度4年後のW杯へ」

 一方の岡崎は、4シーズン目を迎えたレスター・シティ(イングランド)で大きく出遅れた。ロシア大会では右足首の負傷を押して、グループリーグの3試合に出場。結果としてけがの回復が遅れてしまったが、岡崎は「まったく後悔はない」と今でも胸を張る。

「ロシア大会を戦い終えた後に残ったのは、もう一度4年後のワールドカップへ、という強い気持ちだった。万全な状態で臨んでいたら、もしかしたら何も残らなかったかもしれない。ある意味で自分には達成感がなかったので、4年分のモチベーションを再び与えられた感じです」