生坂先生が学生だった80年代前半には、総合診療医という言葉はあっても、総合診療科は存在していなかった。それだけにアメリカの総合診療医が示した診断力は、生坂先生に鮮烈な印象を残したようだ。

「結局日本では診断がつかず、僕はいろんな病院で誤診されたわけです。アメリカで診断がついてよかったなと思った半面、日本の医療は専門が細分化されており、医師は専門領域以外の診断はできないんだと。だから患者自身が勉強して、専門領域を正しく選べるようにしなければならない。神経内科を選べなかった自分が悪い、と納得させていました」

◎その2.スルーされた母親の薬害

 2つめは、新米医師だった頃の話。

「おふくろが、高熱と全身にぶつぶつができる症状で入院したんです。原因不明とのことでしたが、その頃新たに尿酸値を下げる薬を飲み始めたと聞いたので、その薬が原因ではないかと、おふくろから主治医に伝えてもらいました。

 知識として、その薬を飲むと、そうした症状を起こすことがあると知っていたからです。おふくろは、痛風はなかったけど尿酸値が高いということで、その薬を処方されました。でも主治医は『そんな話、聞いたことがない』と取り合ってくれなかった。僕のような新米に指摘されたのが気に食わなかったのかもしれません。

 薬が中止されないまま症状は悪化し、ついに口の中が火傷(やけど)のようにただれてきて、あまりにもつらくなったおふくろは、病室から投身自殺を図ろうとしたんです。親父が止めて、事なきを得ましたが、親父からの連絡を受けて飛んで行くと、主治医はようやく薬を中止したものの、僕には会おうとしませんでした。『カルテも見せるな』と厳命されたそうです。

『スティーブンス・ジョンソン症候群』といって、薬を内服・注射することで生じる薬疹(やくしん)が重症化する病気でした。高熱が出て、全身の皮膚に発疹・発赤ができて、失明したり、場合によっては生命を落としたりすることもある病気。当時、何件か訴訟にもなっていました。母は、誤診されたわけです。やっぱり診断ってすごく大切だなと思いました」

 息子が、生坂先生でよかった。そうでなかったら、お母さんの生命はなかったかもしれない。先生の「患者になり切る力」は、この時に芽生えたのではないだろうか。