「普通、その難病は舌が萎縮して食べられなくなるはずなのに、その患者さんの舌は正常だった。それで、権威である上司に、『舌が萎縮していないのはおかしい』と食い下がったのですが、『舌に萎縮がない患者もいる』と諭されました。確かにその通りなのですが、めったに起こらないことを目の当たりにした時は、尊敬する権威をも疑う目が必要です。

 実際、この症例を発表して以降、『それらの患者さんも別の病気であった可能性がある』という報告が相次いでいます。診察時の“違和感”を大切にし、その理由を自問自答する習慣が必要なんです。

 今は『誤診学』という学問が世界的にも注目され、米国には誤診学会もできています。

 アメリカでは、心臓病、がんに続いて、3番目に多い死因が医療事故というデータがあります。このうち、誤診だけに限っても毎日ジャンボジェットが1機墜落したくらいの数が亡くなっている。日本医療機能評価機構によると、2018年のわが国の医療事故による死亡者は年間293人と報告されていますが、米国との比較では何百分の1です。日本の医療界の誤診率がそれほど低いとは考えられません」

 誤診に対するNo blame文化()が醸成されていない日本では、隠された誤診が膨大な数に上るのではないかと、生坂先生は危惧している。

「ゼロは無理にしても、なんとかして誤診を減らしたいと努力しています。運がいいことに、この仕事自体は、やり甲斐と楽しさが前年度比5%増しでアップしています。知的好奇心が満たされますし、患者さんが涙を流して喜んでくださる。この仕事を選べてよかったです」

(※)No blame文化
非難することのない文化。 医療人が自らの過ちを告白し、過ちから学び、再発防止へ生かしていくためには、医療過誤に関してお互いに非難することのない(blame-free)文化の発展、即ち安全文化の醸成が不可欠であるとする考え方。

◎生坂政臣(いくさか・まさとみ)
千葉大学医学部付属病院総合診療科科長。同大学院医学研究院診断推論学教授。同医学部付属病院副病院長。1985年、鳥取大学医学部卒業。東京女子医科大学大学院博士課程、アイオワ大学家庭医学レジデント修了後、聖マリアンナ医科大学講師、診療所副院長などを経て、2003年より現職。米国家庭医療学会認定専門医、日本内科学会総合内科専門医、日本内科学会指導医、日本プライマリ・ケア連合学会認定プライマリ・ケア認定医・指導医。