西九龍駅で見られた
香港が試みる情報戦

 香港情勢は予断を許さない状況が続いている。中国本土への容疑者引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」改正をめぐって、毎週末、大規模な抗議デモが発生してきた(参照記事:香港デモ現場ルポ、習近平が「香港200万人抗議」を恐れる理由)。香港の中国返還記念日である7月1日には、一部抗議者が議会に突入し、占拠するという事態にまで発展した。香港政府、そしてその背後に君臨する中国中央政府は、それらを香港の法治主義を脅かす「暴動」として厳しく非難した。

 この日の午後は、香港で有数の観光スポットである尖沙咀から西九龍駅にかけてデモ行進が予定されていた。いずれも香港島から海を挟んだ中国大陸側に位置する。デモ主催者や参加者は、中国本土からの観光客でにぎわう尖沙咀、中国本土から観光客を乗せてくる終点である西九龍駅で、広東語ではなく普通語、繁体字ではなく簡体字(筆者注:香港では繁体字が、中国本土では簡体字が使用されている)を使用することで、中国人に対して香港人の欲求や主張を伝えようとしていた。

 この期間、デモの主催者や参加者が香港政府に対して求めてきたことは明確で、(1)「逃亡犯条例」改正案の完全撤回、(2)林鄭月娥(キャリーラム)行政長官の辞任、(3)“発砲”責任の独立的究明と公開である。

「この3つの要求が満たされない限り、抗議デモ・集会が延々と続いていくのは必至だ」(香港NOWテレビ、陳偉利記者)という。そして、林鄭月娥率いる香港政府がこれらの要求に応えるか否かに関していえば、相当程度は中央政府の意向や指示に左右される。だからこそ、中国人観光客の目に焼き付けることで、中国本土でネットや口コミを通じて香港人の欲求や主張が知れ渡るようにもくろんだのであろう(筆者注:2018年、中国本土から香港を訪れた観光客の数は初めてのべ5000万人を突破した)。中国人からの理解や同情心を買うことで、少しでも中央政府が香港社会に対して宥和的な措置を取るための世論を形成しようとしたのだろう。

香港市民・社会が抱く
習近平政権への不信感

 この動向は、「外圧」を1つの軸とする本連載「中国民主化研究」にとっても極めて重要な意味を持つ。香港で起こっていること、しかも中国本土の体制、イデオロギー、政権、政策などと直接関係のある問題や現象が、いかにして中国共産党の政治、そして政治改革に影響を与えるか――。

Photo by Y.K.

 本件に関していえば、2014年の「雨傘革命」以来最大規模の「反送中」デモが継続的に発生している。民衆が抗議する直接的対象は香港政府とそれを率いる林鄭月娥であるが、抗議の根っこにある動機は疑いなく香港市民・社会の「社会主義中国」、「共産党一党支配下にある中国」、そして現在そんな中国を率いる習近平政権への不信感である。近年、習近平総書記は「党がすべてを領導する」という掛け声の下、市民社会、言論、教育、市場などあらゆる分野での政治的引き締めを強化し、“習近平思想”を掲げて個人崇拝を横行させている。国家主席の任期まで撤廃してしまった。

 これらの現象や動向を、香港市民は「明日は我が身」という思いで見つめてきた。実際に、中国共産党が嫌がる書籍を売っていた銅鑼湾の書店店長が“失踪”したり、香港の書店が次々に中国本土の支配下に入っていくなかで、中国共産党に批判的な書籍が出版されなくなるなど、近年、習近平政治の抑圧と拡張は香港の市民社会にまで浸透するようになっている。香港市民はそれらが、香港が制度的に、価値観として守ってきた司法の独立や言論の自由を侵食してしまうのではないかと懸念しているのである。