入社1年目で劣等生の烙印を押される

 「新規事業を創出する部署」では、「学期末の経営会議プレゼンに向けて動く」ということが、あまりにも社会人として未熟過ぎて何もできず、結果、その部署の責任者の方のカバン持ちをすることになりました。

 当時、「どんな新規事業を、どうやって創出すべきか」という、そもそも論を検討していくにあたり、世界的に有名なコンサルティング会社、マッキンゼーに、コンサルに入ってもらっていました。マッキンゼーからミスミに乗り込んできた数名のコンサルタントは超がつくほど優秀で、ホワイトカラーとは、かくもスキルに差がつくものかと、へんな感心をしてしまったほどです。

 入社ほやほや、右も左も分からないまま放り込まれた私は、チームの中で、早速、問題児になってしまいました。なにしろ、周りが言っていること、言われていることが何なのか全然分からないくらい、劣等生だったからです。

 打合せ中に使われるカタカナの意味が分からず、ノートにメモしたカタカナの単語のスペルが分からずに辞書も引けない、というほとんど冗談みたいな毎日でした。

 また、ミスミでの私の上司は、このときの新規事業創出のために外資からヘッドハンティングされてきた人で、コンサルタントの方々に負けず劣らず、とても優秀な方でした。マッキンゼーのコンサルタントと、対等かそれ以上でやり合うために、30センチくらい積み上げた専門書を読み漁り、あらゆる準備をしてプロジェクトに臨むというスーパーマンでした。

 これが、地獄の日々でした。

 連戦連敗、分単位で反省する日々に、「自分は世の中で一番バカなんじゃないか?」と自己嫌悪に陥ったりもしました。

 この上司のもとには、トータルで2年くらいいたのですが、覚えている限りでほめられたのは、たった2回だけ。

 一つは、私が書いたレポートに「good!」と返事が一言、書いてあったこと。

 もう一つは、その上司が作った資料にコメントを求められ、勇気を振り絞って上司とは違う仮説を説明したところ「なるほど!」とこれまた一言だけですが、言ってもらえたことでした。あまりにも嬉しくて、その両方の資料をしばらく持ち歩いていたほどです。

 これらの経験が、今となって何の意味があったのかというと、

 私に「仕事のプロ」の天井を見せてくれた、ということでした。とてつもなく高い天井です。

 そして、それは見ただけでなく、体感して、身体と心に刻み込まれました。

 ちなみにそんな私が、「仕事のプロ」「新規事業のプロ」として、こうして書籍も書かせていただいていますが、今もって、あの時に見た天井は、越えられていません。

 【16歩目】
 お手本となる仕事のプロの実力を体感し、身体と心に刻み込む。

守屋 実(もりや・みのる)
1969年生まれ。明治学院大学卒。1992年にミスミ(現ミスミグループ本社)に入社後、新市場開発室で新規事業の開発に従事。メディカル、フード、オフィスの3分野への参入を提案後、自らは、メディカル事業の立上げに従事。2002年に新規事業の専門会社、エムアウトをミスミ創業オーナーの田口弘氏とともに創業、複数の事業の立上げおよび売却を実施。2010年に守屋実事務所を設立。設立前および設立間もないベンチャーを主な対象に、新規事業創出の専門家として活動。自ら投資を実行、役員に就任、事業責任を負うスタイルを基本とする。2018年4月に介護業界に特化したマッチングプラットホームのブティックスを、5月に印刷・物流・広告のシェアリングプラットホームのラクスルを2社連続で上場に導く。