田中宏和が田中宏和に会う――。たまたま同じ名前で、同じ時代を生きる二人。偶然なのか、必然なのか。二つの人生における“たまたまの宿命”を覗き見る対談です。ホストは一般社団法人田中宏和の会「ほぼ幹事の田中宏和」。正式な連載になるかどうかは読者の皆さんの反応次第。今回の対談相手は、1957年生まれでゲームミュージックの創生期からその渦中で活動を続け、現在はゲーム関連の企画制作会社経営者でもある「作曲の田中宏和さん」です。

田中宏和の中で
一番有名な田中宏和さん

ほぼ幹事の田中宏和(以下、ほぼ幹事) 作曲の田中宏和さんは、わたくし田中宏和が2番目に会った他人の田中宏和さんです。2003年に初めて「渋谷の田中宏和さん」(第1回参照)に会った翌年でした。

3人の田中宏和
ほぼ幹事の田中宏和(中央)と、渋谷の田中宏和さん(左)と作曲の田中宏和さん(右)のスリーショット

 作家の荒俣宏さんから「色んなコレクターは知っているけど、同じ名前を集めているのは田中くんしか知らない」と、朝日新聞の連載コーナーに推薦してくださったんです。それでせっかくなら新しい別の田中宏和さんに出会いたいと思い、記者の方に「田中宏和の中で一番有名な田中宏和さんと会いたい」とお願いしまして、わたくし田中宏和と渋谷の田中宏和さんと作曲の田中宏和さんのスリーショットが実現できました。

作曲の田中宏和(以下、作曲) あの時は朝日新聞の土曜版でしたが、大きくカラー写真が掲載されて、その後いつもの定食屋に行ったら店のおばちゃんに「新聞に出てたやろ」と言われ、恥ずかしい思いをしました(笑)。

ほぼ幹事 「田中宏和運動」ではいつも恥ずかしい思いをしてもらってすみません。自分でもこんなに大きく発展するとは思いませんでした。

作曲 まだ田中宏和が10名以下の頃は、うちの会社が集合場所になってましたね。