その日、森嶋は落ち着かない日をすごした。
他の同僚たちも仕事をしながらしきりにメールを気にしていた。元の職場の仲間と連絡を取り合っているのだ。ロバートとはいぜん、連絡がつかない。
終業時間と共にほぼ全員が帰宅準備を始めた。元の省庁の仲間と会うのだろう。優美子も元財務省の連中と声を潜めて話している。
森嶋は国交省を出ると大手町に向かった。理沙の勤める東京経済新聞社は千代田区、大手町にある。
森嶋は入口の警備員に身分証を見せてビルの中に入った。
気のせいか新聞社に出入りする人の数がいつもより多く慌ただしい。行きかう人の顔も緊張感に満ちているような気がした。
理沙に電話をすると時間がないと言ったが、森嶋が強引に押しかけたのだ。
東京経済新聞の部数は約300万部だが、大手企業のビジネスマン中心に全国的に読まれている経済紙で、社会に与える影響は大きい。
2人は新聞社のロビーの椅子に座った。理沙は森嶋に露骨に迷惑そうな視線を送ってくる。
「あなた、意外と強引なのね。積極性なんて微塵もない典型的なエリート官僚かと思ってた」
「時と場合によります」
「すべてのわざには時がある。今があなたの言ってた時ってことね」
「僕の周りで現在の状況に一番詳しく正確なのは、理沙さん、あなたなんです」
森嶋は理沙の問いには答えず言った。
理沙はわずかに口元をすぼめ、しばらく考えていたが話し始めた。