執念を持ってチャレンジした
首相は長続きする

「新幹線の中では微動だにせず、新聞各紙、スポーツ紙にまで全て目を通す。トイレにも行かないし、車窓も眺めない。そして帰路では、だいたいカップ酒の日本酒を飲んだ」

 その時間を使い、田村は一度、ずっと聞いてみたかったことを思い切って質問したことがあるという。それは、党内分裂選挙になってもなお、なぜ郵政解散に至ったのか、ということだ。

 すると、小泉はこう答えたという。

「僕は郵政法案が通らなかったら、解散するといっていた。でも誰も信用しなかった」
「僕はね、絶対に郵政法案を通すつもりだったし、もし通らなかったら絶対に解散するつもりだった。田村君、これを何というかわかるかね…信念だよ」

 詳細は、田村の本に詳しいが、小泉の強靱な意志を感じさせるエピソードだ。首相を辞めても、わずかな移動時間でさえ無駄にしないのだから、それより以前の小泉の不断の努力は、想像を絶するものだったに違いない。

 小泉は「YKK(山崎拓、加藤絋一、小泉)」のトリオで知られるようになったが、首相になるのは誰もが加藤だと考えていた。3人でなじみの料亭で毎晩のように会合を持っていたが、上座は加藤、一番の末席が小泉だった。奇人変人と誹られ、バカにされながらも3度総裁選に挑戦し、最終的に首相への切符を手にしただけでなく、小泉劇場と呼ばれる手法を駆使してブームすらつくりあげた。

 総裁選に挑戦してみた、という政治家は恐らく数多くいる。しかし、ここまで執拗に挑戦し続けた政治家はまずいない。そういう意味では石破茂も、いつか首相になる日がきてもおかしくはない。

 石破のそれは、単なる準備というよりも「執念」とも呼べるかもしれない。

 一方、第一次政権で大失敗するまでの安倍には、このような執念はなかったはずだ。