「京大ではその前年、薬剤の過量投与による死亡事故が起きていたのですが、一山先生は言いました。『ミスをすることはやむを得ないとしても、その事故が病院に報告されないまま、患者の生命を失う事態だけは防ぎたい』と。そこで私はまず、03年頃から導入されていたインシデントレポートシステムへの医師からの報告を促す工夫をしました。『報告の意義』という5ヵ条を明示したのです」

◎報告の意義
1.患者安全の確保
報告された有害事象に病院が速やかに介入することで、患者に部署横断的かつ最適な治療を施すことが可能となる。
2.事象の共有
レポートを提出した時点で、個人あるいは単一部署のみの問題ではなく、病院管轄の問題として共有できる。
3.透明性の確保
レポートの提出があれば、少なくともその時点で悪質な隠蔽や隠匿の意思がなかったことの証左となる。
4.正式な支援
治療支援のみならず、仮に報告事例が係争などに発展した場合においても、病院からの全面的な支援が可能となる。
5.システムの改善
レポートにて明らかになった院内システムの不備等に対し、組織的な改善が可能となる。

 すると、徐々に変化があらわれた。

「予想はしていましたが、毎日さまざまな報告が寄せられるようになったのです。事故が起こるたびに、病院中から専門性の高いエース級の人材を招集し、できる限りの治療を行ったところ、劇的に急場をクリアできる事例もでてきました。被害を最小限に抑えられたとか、救命できたとかいった事例が増えるに従い、さらに報告数も増えていきました。現場からのSOSに応える日々に、やりがいを強く感じ、気が付けば、教授陣をはじめ京大の多くの医師やスタッフが、私をサポートしてくれました」

 事故、調査、謝罪、賠償というネガティブなイメージしかなかった医療安全は、「医療安全とは治療である」というポジティブなイメージに刷新されたのである。

名古屋大へ帰還
カイゼンを取り入れ、前に進む

 一方、長尾先生が京大で着々と成果を積み重ね、評価されていた頃、名大病院では事故が相次いでいた。

 危機感を持った当時の院長が下した判断は、国立大学初となる、医療安全専従教授のポストを設け、長尾先生を任命することだった。長尾先生は、悩みに悩んだ結果、名大病院に着任することにした。