どのバンドでも、バンドを仕切るのは主に“バンマス”と呼ばれる人で、早い話がバンドのリーダーである。バンマスはアーティストや事務所の要望を聞きつつ、それを具体化すべくバンドに指示を出す立場にある。バンマスのあり方は“中間管理職的”“職人気質的”と十人十色だが、Aさんのバンドのバンマスは政治的な動きをする人で、アーティストおよびマネジャーや事務所へのゴマすりに余念がなかった。

 反対に、自分の立場を脅かそうとするミュージシャン、例えば他のサポートミュージシャンがアーティストに気に入られそうになると、このバンマスはアーティストに「あのミュージシャンはあんまりタイム感がよくないからちょっと困ってるんだよね」などと耳打ちする。アーティスト本人がよくわからないであろう「タイム感」といった抽象的なところで悪評を振りまいては周りを蹴落とし、自分の地位を堅守することに長けていた。

「そのバンマスの悪評は、同業の先輩から聞いてなんとなく知っていたので警戒はしていました。自分にとってはチャンスの現場だったので、そういう政治的なのに巻き込まれないようにしつつきちんと仕事をこなそうと、かなり用心深く振る舞っていました。

 現場初日、楽屋でバンドメンバーが談笑していて、みんな付き合いが長いこともあってか、すごくくだけた様子なんですね。バンマスも全然嫌な感じじゃなくて、笑い話を披露したり、新人の僕に『やりにくいところある?』って声をかけてくれたり、むしろ『この人いい人じゃん!』と思いました」(Aさん)

 しかし次の瞬間、Aさんは認識を改めさせられた。

「メンバーのある人が、この人も結構忙しくしているベテランさんなんですが、トイレで席を外したんですね。その人が楽屋を出てドアが閉まった瞬間、バンマスが急にその人の悪口を言い始めて。それが結構本気で悪意を込めた感じで、しかも周りの数人もそれに乗っかって悪口を言って……。『これか!』と思いました」

 Aさんはまだ結構心がピュアであったため、バンマスたちの刹那の豹変(ひょうへん)ぶりに度肝を抜かれたそうである。人の二面性をわかりやすい形で示してくれるのが陰口であり、社会のどこに行っても見かけることができる“人の怖さ”である。