ベストセラー『世界のエリートはなぜ「美意識」を鍛えるのか?』が話題の山口周氏。山口氏が「アート」「美意識」に続く、新時代を生き抜くキーコンセプトをまとめたのが、『ニュータイプの時代――新時代を生き抜く24の思考・行動様式』だ。
ますます複雑化する時代に、「容易にわかる」ことは大きな危険性をはらむ。これまで優秀とされてきたのは、物事を単純化してパターン認識することで要領よく対処する思考様式だった。「すぐにわかる」「飲み込みが早い」ことは、有能さの証だった。
しかしこの先、この考え方はオールドタイプの思考様式となるだろう。「容易にわかる」と、本来「大事な何か」はこぼれ落ちる。「わからない」ことこそ、新しい発見の契機なのだ。
切り替わった時代をしなやかに生き抜くために、「オールドタイプ」から「ニュータイプ」の思考・行動様式へのシフトを説く同書から、一部抜粋して特別公開する。
【オールドタイプ】要約し、理解する
【ニュータイプ】傾聴し、共感する
「容易にわかる」ことで新しい発見を失っている
――寺田寅彦(*2)
世界がどんどん曖昧で複雑で予測不可能になることで、私たちの「わかる」という感覚もまた揺さぶられることになります。
私たちは過去の経験に基づいて形成されたパターン認識能力によって目の前の現実を整理し、理解しようとします。しかし、ますます「VUCA化していく社会」において、短兵急にモノゴトを単純化して理解しようとすれば、すでに変化してしまった現実に対して、過去に形成されたパターンを当てはめて、本来は「わからない」はずの問題を、さも「わかった」ように感じてしまい、現実に対して的外れな対応をしてしまう可能性があります。
特に20世紀の後半においては、要素還元的にモノゴトを単純化して要領よく対処するというオールドタイプの行動様式が「有能さの証」だとされてきたため、いわゆる「優秀な人」とされている人ほど、このミスを犯しがちになります。
しかし、千変万化の止まることがないVUCAな世界において、過去に学習したパターンを当てはめて短兵急に「ああ、あれね。わかってる」と考えたがる性癖は大きな誤謬につながる恐れがあります。
なぜオールドタイプが、すぐに「わかった」と言いたがるかというと、そうすれば評価されるということを経験的に知っているからです。現在の社会では「飲み込みが早い」とか「物わかりがいい」といったことを無批判に礼賛する傾向があり、オールドタイプはまさにこの傾向を一種のバイアスとして利用しているわけです。
特にこういうタイプがたくさん生息しているのが、筆者が長らく関わってきたコンサルティングの業界です。この業界の人々には特有の口癖がいくつかありますが、なかでも「要するに○○ってことでしょ」という口癖は、その筆頭といえるものです。
コンサルタントは、物事を一般化してパターン認識することで「アタマが良いね」と褒められるのが大好きな人種ですから、人の話を聞くと、最後にこのように「まとめたい欲」を抑えることがなかなかできません。
しかし、相手の話の要点を抽出し、一般化してすぐにまとめようというオールドタイプの行動様式は、現在のように環境変化の早い状況では、2つの観点で問題があります。
まず、対話という場面において、話し手が一生懸命にいろいろな説明を交えて説明したのちに、最後に相手から単純化されて「要は○○ってことでしょ」と言われれば、たとえそれが要領を得たものであったとしても、何か消化不良のような、あるいは何か大事なものがこぼれ落ちてしまったような感じがするものです。
私たちが日常的に用いている「言語」はとても目の粗いコミュニケーションツールです。したがって、私たちは、自分の知っていることを100%言語化して他者に伝えることが原理的にできません。つまり「言葉」によるコミュニケーションでは、常に「大事な何か」がダラダラとこぼれ落ちている可能性がある、ということです。
20世紀に活躍したハンガリー出身の物理学者・社会学者であるマイケル・ポランニー(*3)は「我々は、自分が語れること以上にずっと多くのことを知っている」と言い表しています。
今日では、この「語れること以上の知識」を私たちは「暗黙知」という概念で日常的に用いていますが、言葉によるコミュニケーションでは常に、この「こぼれ落ち」が発生していることを忘れてはなりません。
(注)
*1 寺田寅彦『科学者のあたま』より。
*2 寺田寅彦(1878年11月28日~1935年12月31日)。日本の物理学者、随筆家、俳人。
*3 ハンガリー出身のユダヤ系物理化学者・社会科学者・科学哲学者。言語化できない知識としての「暗黙知」の概念を提示した。