山口 ビートルズのファンに「好きなアルバムは?」と聞くと、やはり傑作とされる『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』や『Abbey Road』といった後期の作品が上位に入ります。

後期に発表されたアルバムが上位に入るバンドは、かなり珍しいんですよ。アーティストは売れれば売れるほど忙しくなってきますから、ふつうはやはりデビューアルバムの「密度」にはかないません。その後に出すアルバムはどうしても密度が下がって、どんどん劣化するんです。

【山口周×佐宗邦威】データ・確証がないと動けない…「エビデンス病」を抜け出す方法佐宗邦威(さそう・くにたけ)
BIOTOPE代表。戦略デザイナー。京都造形芸術大学創造学習センター客員教授
大学院大学至善館准教授東京大学法学部卒。イリノイ工科大学デザイン学科修了。P&G、ソニーなどを経て、共創型イノベーションファーム・BIOTOPEを起業。著書にベストセラーとなった『直感と論理をつなぐ思考法 VISION DRIVEN』(ダイヤモンド社)など。

でもビートルズは、後期のアルバムのほうが圧倒的にクオリティが高い。それはなぜかということはさて置き、『Sgt. Pepper's …』や『Abbey Road』を最初に出していたら、彼らは絶対売れていないはずです。彼らも最初は「デートソング」というマーケティング的に非常に手堅いところから入りました。「ラブ・ミー・ドゥ」「抱きしめたい」といった、いわば「役に立つ」曲によって、ある程度の市場ポジションをつかんだあとに、探索と深化の両方を行って、バンドとしてどんどん進化し続け、後期のアルバムを生み出したんです。

佐宗 面白いですね。そして、このやり方を山口さんご自身も実践されたと?

山口 ええ、ビートルズをヒントに、私も自分なりにマーケットを意識した本を書かないと、と思ったんです(笑)。それで次は「役に立つ」に重点を置いて、『外資系コンサルタントのスライド作成術』(東洋経済新報社)という本を書きました。この本は「意味がある」を自分なりに一応まぶしたものの、やはり「役に立つ」がメインです。増刷された初めての本ですが、個人的には不本意な部分がまったくなかったと言えば嘘になります(笑)。でも、まずは一度、市場に入らないといけないと考えたんです。

ちなみに、今回の最新刊『ニュータイプの時代 新時代を生き抜く24の思考・行動様式』は、私なりに「意味がある」を突き詰めた一冊になったのではないかと思いますね。

【山口周×佐宗邦威】データ・確証がないと動けない…「エビデンス病」を抜け出す方法

妄想がなくても
「それなりにうまくいってしまう」状況

山口 一方、日本で成功したスタートアップを見ていると、「意味がある」よりは「役に立つ」を優先する流れが続いていますよね。「リアルな世界で役に立つデジタルをやります」というようなパターンが非常に多いですし、言葉は悪いですが、「パチンコをスマホゲームに置き換えただけ」みたいなビジネスが目立つ。

セカンドプレイヤーたちもその成功を見ているので、「小粒」になっている傾向はあるのではないかなと。インターネットが出て25年くらい経つのに、「頭の中の妄想を人に語ってお金を集め、ものすごいインパクトのある事業を生み出した」という人は、残念ながら日本では生まれていないというのが現実です。