「国益経済」の時代に日本企業がとんでもなく「危ない」理由

グローバル経済に幽霊が出る。国益という幽霊である――。企業関係者はへきえきとするだろうが、貿易や投資といった経済活動に「国益の視点」が求められようとしている。冷戦終結から30年。ヒト・モノ・カネは国境を越えて自由に流動し、世界経済はグローバル化とともに膨張してきた。だがこれからは、あらゆる財が国境を越える際に「安全保障面で問題なし」のお墨付きを求められそうだ。これは海の向こうの出来事ではない。特集「国益と経済 経済安全保障の時代」の第1回を読めば、今まさに、日本で始まろうとしていることであると分かる。(ダイヤモンド編集部副編集長 杉本りうこ)

ステルス機のように発進
中国の軍民融合を経済的に抑止

 今夏、日本を最も騒がせた国際ニュースといえば、日本が韓国を輸出管理におけるホワイト国から除外したことだろう。論点となったのは安全保障のための輸出管理制度という、一般にはなじみの薄い専門的な領域。にもかかわらず、ニュースに映し出された実務者レベルの会合が日韓の関係を戯画化したような寒々とした様子だったこと、韓国が両国間の軍事情報包括保護協定(GSOMIA)を破棄する事態に発展したことなどから、両国民における最大の関心事となっている。

 この問題の過熱ぶりとは対照的に、ステルス戦闘機のごとく人知れず発進したプランがある。経済産業省は6月初旬、「経済安全保障室」を大臣官房の中に新設した。中国が民間の技術力を活用して国防力を強化する「軍民融合」を進める中、安全保障的な観点で国内の技術や産業を保護・育成する司令塔組織である。担当幹部は貿易経済協力局長の保坂伸氏。官房審議官、資源エネルギー庁次長を経て、今回経産幹部に昇進した。現在は15人が経済安全保障室に所属している。

 もともと大臣官房の役割は、複数の組織にまたがる業務を横断的に調整すること。新しくできた経済安全保障室も、輸出を管理する貿易管理部や各産業の担当部署といった複数の部門と連携しながら戦略を練り、遂行していく。今後打ち出される「安全保障的な経済政策」は、各産業が見落とせないものになるのは明白。いったい、どんな手段で技術と産業の流出を防ぐのか。「具体的に何をするかはまだ検討を要する。だが、『エコノミック・ステイトクラフト』と呼ばれる手法をポジティブに活用していく必要があるとは認識している」(経済安全保障室の担当者)という。

 エコノミック・ステイトクラフト。多くの日本人にとってまったく聞き慣れないこの言葉は、経済安全保障室発足に先立ち今春にも別のニュースの中に登場している。自民党の甘利明氏がルール形成戦略議員連盟の会長として、米国の国家経済会議(NEC)をモデルにした組織の創設を安倍晋三首相に提言した、というもの。NECは経済政策の総合調整をする機関。1994年に包括通商法スーパー301条の復活に関わるなど、通商政策や安全保障に関わる経済政策の要だ。この日本版が必要であるとする提言書の末尾は、こんな言葉で締めくくられている。「米中のエコノミック・ステイトクラフト戦争の下でわが国が生き抜くために、戦略的外交・経済政策を練り上げる国家経済会議の創設を提言する」。