先が見えた気になるからするのが「取り越し苦労」
今回は掲示板大賞の常連である超覺寺さんの掲示板です。
お笑い芸人のバカリズムさんが、いかにも相田みつをさんが書いたような言葉を書いて、その真偽を問う、「この詩は相田みつを作?バカリズム作?」というフジテレビの番組内で紹介された言葉です。
当然のことながら、先(未来)を正確に見通せる人などこの世にはいません。
しかし、例えば「老後の生活には2000万円以上の資金が必要」というニュースが流れると、多くの人々が焦り、まだ見ぬ未来を悲観してしまいます。もちろん、2000万円以上必要な方もいるでしょうが、すべての人がそうとは限りません。
このようなニュースを聞くことで自分の先(未来)が見えたように錯覚して不安になり、まだ知りえない未来に対して取り越し苦労を強いられるのです。
昨年末の連載で、『中部経典』の文章を紹介させていただきました。
過去を振り返るな、未来を追い求めるな。
過去となったものはすでに捨て去られたもの、
一方、未来にあるものはいまだ到達しないもの。
そこで、いまあるものをそれぞれについて観察し、
左右されずに、動揺せずに、それを認知して、増大させよ。
中村元監修『原始仏典〈第7巻〉中部経典4』 (春秋社)
この文章と同じような意味を持つ禅の言葉に「前後際断(ぜんごさいだん)」があります。臨済宗の沢庵禅師が『不動智神妙録(ふどうちしんみょうろく)』という書物の中でも言及しておられますが、「前(過去)と今、今と後(未来)の際を切り離して今を生きよ」という意味です。
日本ハムや阪神で以前活躍された下柳剛選手は、不調に陥っていた時、メンタルトレーナーから『不動智神妙録』を読むように勧められ、この言葉に強い感銘を受けました。ピッチャーは失投して打たれたとしても、試合中に一球の後悔をひきずるわけにはいきません。試合は続いていきます。過去を切り離す強靭(きょうじん)なメンタルが常に求められるのです。
阪神に移籍してすぐの頃、下柳投手は自身のグローブに「前後際断」と刺繍して、どんな状況に陥ってもマウンドでその言葉を常に見ながら、目の前の一球に全力を尽くすことを心掛けたそうです。その結果、不振から脱却し、3年後の37歳のときには最年長での最多勝利賞を獲得しています。
この姿勢は、生きていくうえで何かのヒントになるのではないでしょうか?
ちなみにこの「前後際断」は、赤塚不二夫さんの人生観にも共通するところがあります。タモリさんは赤塚不二夫さんの葬儀の弔辞の中で赤塚さんの価値観を以下のように表現していました。
あなたの考えはすべての出来事、存在をあるがままに前向きに肯定し、受け入れることです。それによって人間は、重苦しい陰の世界から解放され、軽やかになり、また、時間は前後関係を断ち放たれて、その時、その場が異様に明るく感じられます。この考えをあなたは見事に一言で言い表しています。すなわち、「これでいいのだ」と。
いまの状況をあるがままに肯定し、いまの状況に集中する。過去や未来にとらわれず、その状況を存分に楽しんでいるときに、人間は輝きを帯びるのかもしれません。
今年も7月1日より「輝け!お寺の掲示板大賞2019」がはじまりました。全国のお寺の掲示板作品を10月31日までお待ちしております!
なお、当連載をまとめた書籍『お寺の掲示板』が9月26日に発売されます。お手に取ってご覧いただければ幸いです。
(解説/浄土真宗本願寺派僧侶 江田智昭)