実はこれには落ちがあった。アリババのクラウド子会社は、ドメイン登録サービスを展開している。つまり前述のリブラドメインは、第三者の登録をアリババが形式的に代行しただけなのだ。この件がたわいない誤解でありながらも、それなりの真実味を持って注目されたのは、中国で仮想通貨を巡る“リアルな機運”が高まっているからだ。「私自身はブロックチェーン技術を非常に有望視している。ブロックチェーン関連の特許を世界一多く保有しているのは、実は私たちだ」。アリババ創業者の馬雲氏は会長職(9月10日退任済み)にあった18年、あるイベントでこう言明している。アリババのブロックチェーン技術は主に、金融サービス子会社のアントフィナンシャルが保有しているとみられる。中国では仮想通貨の取引は規制対象であり、馬氏も「金融投資としてブロックチェーンを評価しているのではない」としている。つまり馬氏は、実体の経済活動に伴う道具としてブロックチェーンに大きな期待を寄せているのだ。
リブラに背を押されデジタル人民元の実現が加速する?
直近では中国の中央銀行である人民銀行が早ければ年内にも、国家公式のデジタル人民元を発行するとの観測が浮上している。きっかけは9月上旬、人民銀のデジタル通貨研究所で、空席だった所長ポストに若手エリートである穆長春氏が就任したことだ。
穆氏は就任に先立つ7月上旬に中国の経済誌上で、「リブラを中央銀行の監督の枠組みに入れよ」と題したコラムを発表している。タイトルからはリブラへの規制を主張しているようだが、文中には「リブラのようなステーブルコイン(ドルなどとの交換レートが一定に保たれた仮想通貨)の発展は、中央銀行の支援と監督抜きにはあり得ない」などと、人民銀が関与する仮想通貨を想定したような表現がある。
またこのコラム発表と同時期に、人民銀前総裁の周小川氏もリブラをテーマに講演。そこではリブラ自体を未知数としながらも、「リブラと同様のグローバルな仮想通貨は、これから幾つも出てくる。科学技術が国を跨いで発展する構図の中、中国も十分に準備し、人民元を強い貨幣にしなければならない」と主張している。周氏はデジタル通貨研究所の創設など、仮想通貨の調査を主導した人物。このキーマンがリブラを正面から論じたこと、さらに穆氏の要職就任で、「リブラを契機に、デジタル人民元の実現が加速する」との見方が強まっている。
前述のように、中国は既存の仮想通貨は厳しく規制してきた。なぜリブラは別物扱いなのか。それはリブラが、主に決済手段として設計された仮想通貨だからだ。
ビットコインが典型だが、仮想通貨は投資対象として注目を集めてきた一方、実体経済における決済手段にはなっていない。受け付ける店舗や企業が少ないせいもあるが、最大の要因は価格が不安定だからだろう。これに対してリブラは、ドルを含む主要国の法定通貨や短期国債といった安全資産が裏付けになっている。これにより既存の仮想通貨に比べ、相場変動率がそうとう小さくなる見込みだ。この安定した仮想通貨が世界のフェイスブックユーザー24億人に受け入れられれば、物・サービスの対価としてグローバルに流通する可能性がある。
中国はリブラを将来の脅威と認識している。それと同時に、リブラに類似した決済用の仮想通貨を持てば、基軸通貨ドルに対抗する国際決済手段にできるとも考えているのだ。中国がデジタル通貨という奇貨を本当におく日は、多くの日本人が考えるよりも近いのではないか。