香港情勢が混乱から抜け出せずにいる。「逃亡犯条例改正案」を引き金に、週末の「反送中」運動はすでに20週連続で発生している。警察と市民の間の衝突は収まる気配はない。中国政治、米中関係の動向、そして香港の国際金融センター、アジアのビジネスハブとしての信用・地位を守るという意味でも、先行きが懸念される。昨今の混乱を招いた根本的な原因はどこにあるのか。香港はどこへ向かっていくのか。日本にとっても他人事ではないこれらの問題を、香港で生まれ育ち、米英で教育を受けた気鋭の国際関係学者、オピニオン・リーダーである瀋旭暉(Simon Shen)氏に話を聞いた。これから上下2回にわたってインタビュー(2019年10月21日、香港大学内で実施)を掲載する。(聞き手/国際コラムニスト 加藤嘉一)
中国の保守派の一部は
香港沈静化を望んでいない
――昨今の香港問題を巡る混乱に関して、日本でも広範に関心が集まっています。自由と人権、中国共産党との関係、米中関係、国際金融センターとアジアのビジネスハブなどさまざまな視点から、かつてないほどに香港問題が注目されているように見受けられます。それだけ構造的に複雑であり、自らが暮らすアジアの将来に影響を及ぼしうる問題だと日本人も感じているように思います。
私も先日、日本を訪問し、日本の知識人や学生たちと香港問題を議論してきましたが、日本人の関心は非常に高いと感じました。おそらく、2014年の雨傘革命以前、日本の多くの方々は香港をあまり知らなかったでしょうし、関心も薄かったでしょう。上海や広東省となんら変わらないのではないかという印象すらあったかもしれません。
――香港には2万5000人以上の日本人が住んでおり、1000社以上の日本企業が拠点を設けビジネスを展開しています。そこにはやはり信用という要素があり、自由、開放的、国際色豊かで、かつ税制や法の支配といった分野でも多くのアドバンテージを持つ香港を大切にしてきた経緯を見いだすことができます。そんな中、『逃亡犯条例改正案』を引き金に起こった一連の混乱や衝突を受けて、2つの問題が懸念されます。一つは香港がこれまでのようなアドバンテージを持った魅力的な場所であり続けるのか、もう1つは、『英中共同声明』で規定された「50年不変」が前倒しになってしまうのではないか、すなわち、中国返還後の1997年から2047年までは、「一国二制度」の下、社会主義制度を取る中国本土とは異なる資本主義制度が継続される予定だったのが、中国の影響力や統治力が香港に浸透するなかで、「一国二制度」が覆され、実質的に「一国一制度」と化してしまうのではないかという懸念です。
北京は少なくとも、名義上は「一国二制度」を堅持するでしょう。北京が権力を維持する上で、香港は価値があり、使い勝手がいいからです。
香港ではコモン・ローが採用されており、外貨の交換拠点でもあります。中国本土の多くの企業は香港の身分を利用して米国を含めた外国でビジネスをしています。中国政府は「走出去」という言葉でそれを表現しますが、香港の身分で外へ出ていき、外で蓄積した資本を党の財産、国の財産、個人私産としてきたのです。もちろん、諸外国も身分にかかわらず、背後にいるのが往々にして中国資本だと気づき始めています。
ただ、いずれにせよ北京にとって、香港という機能は使い勝手がいいということです。中央政府は最近上海や深センの機能を強調していますが、香港のそれは中国本土のいかなる都市も取って代われないものです。
97年以降、中国国内の保守派は「人心回帰」を唱え始めました。彼らは香港のエリートは英国植民地時代に育成されたため、「自己人」(中国共産党の統治下で教育を受けた、党の指導に忠実な人間)ではない、故に信用できない、公務員を含め、香港の指導層を代えたいと考えるようになりました。中国経済が発展し、香港に対して優位性を発揮するに伴い、北京のそのような思惑はますます強くなっていきます。
しかしながら、何か大きな運動でも発生しない限り、なかなか変えることはできません。口実が見いだせないからです。昨今の「反送中」運動がこれだけ長引いている理由の1つは、中国国内の一部勢力がそう簡単に解決してほしくないと考えていることにあります。混乱の局面が泥沼化して、初めて香港の指導層を刷新することができるからです。私は、12年以降、香港が不断に混乱を経験してきた根本的な原因はここにあると総括しています。