栃木県足利市に、小俣幼児生活団という“ちょっと変わった”保育園がある。「敷地は3000坪超」「最も古い園舎は築170年(ペリー来航より前!)で、足利市の国有形文化財」「園庭はちょっとした山で、池も梅林も灯篭もマリア像もある」――。保育の内容も独特で、いち早くモンテッソーリ教育とアドラー心理学を取り入れ、子どもたちに指示することも、カリキュラムを与えることも一切ない。第1回、第2回に引き続き、92歳の主任保育士・大川繁子さんの著書『92歳の現役保育士が伝えたい親子で幸せになる子育て』(実務教育出版)から、子どもを育てることの「本当の意義」をお伝えしよう。
「守る」と「育てる」の
バランスを考える
「保育」という言葉には、「保護(守ること)」と「教育(育てること)」という意味が込められています。0歳、1歳と年齢が低い子ほど「守る」の割合が大きい。成長するにつれ、「育てる」の割合が大きくなっていきます。
ただし、何歳になっても保護の要素がなくなるわけではありません。大切な命を守るのは、絶対。取り返しのつかないケガは、絶対にさせてはいけないのです。
難しいのが、「保護」を重視しすぎると「教育」がないがしろになってしまうことです。なにがなんでもケガひとつさせない!そうなると、「何もさせない」が正解になってしまいますから。もちろん、それはいい保育ではありません。
「じゃあ、どうやったら、保護と教育を両立できるかしら? 守りながら、大きく育てられるかしら?」
……それで生まれたのが、「安全のルール」を子どもたちと一緒に決めることでした。
子どもたちと決めた
「マリアの丘」へいくときのルール
たとえば小俣幼児生活団では、以前は「マリアの丘」と呼ばれる、園庭(山)のてっぺんのエリアへは子どもだけで行くことを禁止していました。目が届かないし、道中も整備されていないところがあって危ないと判断していたんです。でもそれは「守ること」だけ考えていて、「育てること」にはならない。子どもも行けるようにしたいね、という話になりました。