栃木県足利市に、小俣幼児生活団という“ちょっと変わった”保育園がある。「敷地は3000坪超」「最も古い園舎は築170年(ペリー来航より前!)で、足利市の国有形文化財」「園庭はちょっとした山で、池も梅林も灯篭もマリア像もある」――。保育の内容も独特で、いち早くモンテッソーリ教育とアドラー心理学を取り入れ、子どもたちに指示することも、カリキュラムを与えることも一切ない。前回に引き続き、92歳の主任保育士・大川繁子さんの著書『92歳の現役保育士が伝えたい親子で幸せになる子育て』(実務教育出版)から、子どもに決断力を養わせるための心得を紹介する。

子どもから「○○やりたい」と
言い出す工夫はなぜ大事か

足利市の小俣幼児生活団で独自の子育てを行う92歳の現役保育士・大川繁子さん。子どもには機会を与えるだけでいいというPhoto:Chisato Hikita

 最近は、小学校から「入学までに自分の名前は書けるようになっていてください」と言われます。

 本来のルールで言えば、平仮名は小学校で教えるものです。でも、教育熱心な幼稚園では、名前どころか作文まで書かせたりしているでしょう。かたや「自分の名前も読めません、書けません」では、先生もやりにくい。それに、子ども自身も劣等感を持ってしまいます。

 なので、卒園までには自分の名前を習得してもらわなきゃいけないわけですが……うちは「ハイ、名前を書く練習の時間です」とはしません。機会をつくります。子どもは機会をつくれば、自分の名前くらいは自然と覚えますし、そうでなくとも、「知りたい」と思うものです。

 機会をつくるといっても、たいした話ではありませんよ。

 うちは3歳児クラスから、登園したら安全ピン付きの名札を取り、自分の服につける「お仕事」が始まります。はじめは「これがあなたの名札よ」と教えられ、わけもわからず形を覚える。それを毎日目にするうちに、4歳になるころにはすっかり「自分の名前」として認識できるようになる。次第に「大川先生、ぼくのお名前書きたい」と言われるようになるので、教えてあげるってわけです。

 教えるのは、あくまで子どもが「やりたい」と言ってから。強制はしません。「書きたい」が自然と芽生えるまで、のんびり待つという方針です。

 ある年、4歳児クラスになっても5歳児クラスになっても、いつまで経ってもまったく文字に興味を持たないマサくんという子がいました。そのうちに、卒園も見えてきた。

 環境はあるのに「知りたい」と思わないのですから、時期じゃないわけです。無理やり机に座らせたくもない。でも、小学校でマサくんが苦労するのはかわいそう――。はて、どうしようかしらと頭をめぐらせていました。