ある大企業、あるいは複数の企業がスポンサーになっているイベントが、一般からの抗議が殺到して中止に追い込まれたとして、その企業の社長と副社長、あるいは企業のトップ同士が賛否の立場に分かれて“公開論戦”を始めたとしたら、それをオープンな態度でいい、と評価する人はいないだろう。

 今回の企画展示をめぐっては、あらかじめある程度の議論になることは予想されていたはずだ。その意味では2人とも、展示会を運営するマネジメント力が不足していると非難されてしかるべきだ。

 政治的に過激なメッセージを含んでいると解釈され得る作品であっても、芸術監督などの現場の判断を尊重するという方針を固めていたのであれば、脅迫のようなことは当然想定し、万全の準備をしておくべきだった。

 実務上、企画の細かい内容は、政治家である会長や会長代理はタッチしないようになっていたのかもしれないが、形式的にでも政治家として組織のトップにいる以上、自分の知らないところで起こったかのような言い方をするのは、政治家としての資質がそもそもないことを自ら暴露しているようなものだ。

 この点では、完全に局外者のような態度を取った河村氏の方により問題があるように思えるが、大村氏も会長である以上、いったん自らの名で出展を承諾した以上、これほどの騒ぎになるとは思わなかった、ということで急に判断中止にするのは、やはり政治家として無責任だ。

 両者とも自分が最初に行った判断に対して、責任があるはずであり、まずそのことを率直に認めてから、“公開論戦”を始めるべきだった。

 途中でその方針を変えれば、混乱が余計に大きくなる。マスコミでも言われていたように、言論テロに屈したという“実績”を作ることになる。

 それが大きな問題に発展することを本当に予想していなかったとしたら、大村氏も河村氏も本気で芸術振興に関心を持っておらず、単に地域おこしの目立つイベントがあればいい、と軽く考えていたことになる。

根拠はっきりしない
補助金の不交付

(4)の政府が補助金の不交付を決めたことについては、国会で野党が追及しているように、なぜ不交付にしたのか、きちんとした説明がされていない。

 文化庁は理由として、「補助金申請者である愛知県は、展覧会の開催に当たり、来場者を含め展示会場の安全や事業の円滑な運営を脅かすような重大な事実を認識していたにもかかわらず、それらの事実を申告することなく(中略)、補助金交付申請書を提出し、その後の審査段階においても、文化庁から問合せを受けるまでそれらの事実を申告しなかった」(文化庁ホームページ)としている。

 しかし、この文化庁の理屈では、補助金申請に際しては、警備に関わる予算措置まで計算に入れて、そのことを明示しないといけないことになる。