その野党、臨時国会開会に先立って、立憲民主党、国民民主党、社民党および院内会派の社会保障を立て直す国民会議(一部議員を除く)による統一会派を結成した。衆院120、参院61の大所帯である。国会内の活動は会派単位で行われるので、当然、各委員会の理事や委員の構成は変更になりうる。

絵に描いたような
「オトモダチ」人事

 もっとも、統一会派結成までは立憲民主党の会派が野党第一会派であり、野党筆頭理事も立憲民主会派の議員たちがその任に当たっていたのであるから、元々野党筆頭理事をしていた立憲民主会派系の議員を軸に新たな布陣を考えるというのが常とう手段であると思われるのだが、実際にはそうきれいにはことは運ばなかった。

 野党統一会派の結成とほぼ時期を同じくして、安住淳衆院議員が立憲民主党に入党した。かつての民主党政権で財務大臣を務め、そのいでたちや振る舞いから「ちびっ子ギャング」と揶揄(やゆ)されることもある人物である。

 その安住議員、先の衆院選における、前原民進党の希望の党への抱きつき心中ともいえる実質的な破滅的解党に際しては、希望の党へ駆け込むこともせずに無所属で選挙に挑み、見事小選挙区で再選された、底力のある人物でもある。

 再選後は野党勢力の再結集を目指し、院内会派の無所属の会には属しながらも、安易にいずれかの党に属することなく、無所属での活動を続けてきたある種、信念の人でもあるといえる。

 さて、この安住議員、立憲民主党に入党すると、党の国会対策委員長に就任した。

 前任の辻元清美衆院議員は、拙稿でも何度か指摘しているとおり、与野党、さらにはマスコミからも評判のかんばしくない国会対策委員長で、それがために立憲民主党は本来持てる力を発揮できていないとまでいわれていた。

 国会対策委員会委員長代理を務めていた山内康一衆院議員も、辻元委員長の下では十分に仕事ができないと職を辞したようである。

 その辻元議員に代わって「満を持して安住国会対策委員長登場」と言いたいところであるが、まず安住国対委員長が着手したのは、絵に描いたような「オトモダチ」人事、旧民主党系中心の民主党復活人事であった。