当時私は、テレビ出演やメディアの取材依頼などの仕事が非常に多かった。私は日本を出る前に、事務所のスタッフたちに「2カ月間山奥に行くので、音信不通になる可能性が非常に大きい。そのことを覚悟した上で、日常業務をこなしてくれ」と頼んだ。

 しかし、実際山奥に入っても、それほど通信の不便さを感じなかった。どんな辺鄙なところへ行っても、携帯電話の画面に電波の強さを示すアンテナが数本立っている。誰も住んでいない山奥ではさすがに電波は入らないが、高いところに立つと、またどこからともなく電波が入った。

 そのお陰で黄土高原の山奥にいながら、日本のテレビ局、香港の国際時事誌、アメリカのラジオ局から電話によるインタビューを受けることができた。取材の合間に、久しぶりに目にし、体で感じ、空気を吸った農山村の日常、景色、においに新鮮さを覚え、携帯電話のショートメッセージ機能を使って、それらを中国語でエッセイ風に記録することも試みた。

寧夏のネットカフェで
パソコンに集まる人々の熱気

 寧夏の農村に滞在したときに泊まったホテルでは、さすがにインターネットに接続できなかった。毎晩、町の「網〓(くちへんに巴)」(ネットカフェ)まで行かざるを得ない。暗い網〓(くちへんに巴)に入ると、好奇心旺盛な若いやじ馬たちに囲まれた。持ち込んだ自分のノートパソコンを使ってネットにアクセスすると、後ろにすぐに人垣ができた。「デザインがいい」と感嘆の声が聞こえた。

「メーカーは?」――。いくつかの頭が遠慮なく私の前に突っ込まれてくる。私がメッセンジャーを立ち上げると、「友人が多いね」「全員、外国にいる人たちですか」「中に女性もいますか」と質問された。プライバシーもお構いなしの状態だった。

「中国のネットワーク――無線ネットワークにしろ、固定ネットワークにしろ、それは、現在世界で最も大規模に構築されているネットワークだ」という北京郵電大学の教授のコメントを読みながら、こうして2Gから3Gに移行していた時期の中国のネット事情を郷愁も込めて思い出した。