失業中の35歳男性が5年後にも失業している確率
5年に1度、0と5が付く年に日本国内に常住している人全てを対象に国勢調査が行われる。全員が調査対象となっている特性を生かして2005年、10年、15年の国勢調査を接続しようという取り組みが、アリゾナ大学・東京大学の市村英彦教授、東京大学の深井太洋氏、原湖楠氏により行われており、19年9月の日本経済学会の講演で、市村氏がその成果を発表した。
国民全員が調査対象になっているため05年に調査された人は、亡くなったり国外移動しない限り10年や15年にも再度調査されることになる。ただし、各個人に識別番号は付いておらず、異なる年の同一個人を特定するには工夫が必要だ。東京大学内のセキュリティーが確立された環境で行われたこの研究では、基本単位区という地理情報と世帯構成員の性別、生年月、居住期間などを用いて異なる年の情報をマッチさせるという作業を行った。居住歴・婚姻状態などマッチに必要な情報がある人の中でのマッチ成功率は5年間隔で85%、10年間隔で65%であった。
同一個人を追跡する調査はパネル調査と呼ばれ、彼らが行ったのは国勢調査のパネル化である。パネル調査のメリットは過去の状態と現在の状態の推移が個人ごとに分かることである。例えば、現在失業している人のうち、5年後も失業している人がどれくらいいるのかが分かる。現在35歳男性の場合、その割合はおよそ35%であり、再就職の厳しさがうかがわれる。このような失業状態の移り変わりはパネルでないと分からないし、35歳男性で失業している人は少ないので国勢調査でないと正確な姿は分からない。
失業状態の推移は一例であり、労働者の産業間移動の様子、女性の第1子出産前後の就業状態の推移、高齢者の老人ホーム等社会施設への移動など、社会経済政策を設計する上で必要不可欠な情報が既存のものとは数段異なる解像度で一気に明らかになった。
天体望遠鏡や電子顕微鏡など測定装置の開発は自然科学の進歩を促した。それと同様に国勢調査のパネル化の成功は、今後の社会科学の進歩の重要な礎となるだろう。
(東京大学公共政策大学院教授 川口大司)