フィンセント・ファン・ゴッホと弟・テオの墓。フィンセントの努力はもちろん、テオの物心両面での並々ならぬ支援があってはじめて「巨匠・ゴッホ」が誕生した Photo:JIJI

誰もがその名を知る巨匠・ゴッホ。しかし、存命中の彼を考えると、なぜ画家として名を残せたのか、不思議な人物である。社会性がなくて嫌われ者、経済的にも貧しく、何より、絵が下手で本格的な美術の教育も受けていない…いわば「ないものづくし」だった男が、観る者の心を揺さぶる作品を生み出すまでに成長できた理由とは?(フリージャーナリスト 秋山謙一郎)

「絵が下手」で社会性もなし…
巨匠の驚くべき素顔

「天才は個人現象ではない。小集団現象である」――フィンセント・ファン・ゴッホ(1853~1890年)の生涯を考えるとき、精神科医の中井久夫氏の言葉が頭をよぎる。

 コミュ障、嫌われ者、生活力なし…。現代社会なら、いや現代でなくとも、こうした資質を持つ人間は生きづらい。ゴッホもこうした資質を持った人だった。存命中に売れた絵はたった1枚。経済的にも恵まれず、精神的にも不安定、さらに社会性も持ち合わせていなかった。「圧倒的な才能があったから」、彼は後世に名を残す画家になれたのだろうか?

 今、ゴッホの作品を扱った展覧会が、「ゴッホ展」と題して、上野の森美術館(東京都台東区、2020年1月13日まで)で行われている。そこには、わたしたちがよく知る明るい色彩使いではない暗い色調の風景画や人物像、とりわけ人物の頭部のみが描かれた若き日のゴッホの作品が展示されている。

 これらの作品を観れば観るほど、アートに親しみのない人であればあるほど、ひとつの疑問というか、気づきが出てくるはずだ。果たしてゴッホは絵が上手いのだろうか。ある美術史家は、この記者の問いに、今では「天才」と称される画家への敬意からか、遠慮がちにこう答えた。「下手ですね…」。

 どうやら美術界隈では、ゴッホの画力は決して上手くはない、平たく言えば「下手」ということで一致しているようだ。

 それもそのはず、そもそもゴッホは、本格的な教育を受けていない。絵の制作とは理知的な作業であり、専門的な行為である。ゴッホの生きた時代よりもずっと前、すでに16世紀頃から、ヨーロッパでは画家養成の教育・訓練システムが整っていた。その王道コースは、「若くして美術アカデミーに入学、卒業制作で優秀な成績を収め、海外留学…」といったものであった。

 だが、ゴッホは、こうしたアカデミーで手習い程度の教育は受けたものの、王道コースとは無縁の独学の人である。加えてスタートが遅い。画家を志したのは27歳のときだ。