快進撃をつづけるAI通訳機「ポケトーク」。その開発・販売元であるソースネクスト株式会社の松田憲幸社長の著書『売れる力』発売を記念して、旧知の朝倉祐介さん(シニフィアン共同代表。『ファイナンス思考』著者)が聞き手となり、製品を売るためにパッケージにこだわる理由や、お客さまが納得する価格と実利のバランスについて聞きました。(撮影:野中麻美子)

実は35%が英会話学習に使っている?! 「ポケトーク」の価格とお客様が得られるメリットのバランスを考える<朝倉祐介・シニフィアン共同代表×松田憲幸・ソースネクスト社長 対談前編>朝倉祐介(あさくら・ゆうすけ)さん
シニフィアン株式会社共同代表
競馬騎手養成学校、競走馬の育成業務を経て東京大学法学部を卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーに勤務。東京大学在学中に設立したネイキッドテクノロジーに復帰、代表に就任。ミクシィへの売却に伴い同社に入社後、代表取締役社長兼CEOに就任。業績の回復を機に退任後、スタンフォード大学客員研究員等を経て、政策研究大学院大学客員研究員。ラクスル株式会社社外取締役。株式会社セプテーニ・ホールディングス社外取締役。2017年、シニフィアン株式会社を設立、現任。著書に、新時代のしなやかな経営哲学を説いた『ファイナンス思考』(ダイヤモンド社)など。

朝倉祐介さん(以下、朝倉) 松田さんには、私が米国在住中によく一緒に食事に行ったりご自宅にも遊びに行かせてもらったりして、いろいろお話を伺ってきたのですが、以前、ご自身の強みについて「パッケージの目利き力」について非常に自信があるとおっしゃっていたのが印象に残っています。

松田憲幸さん(以下、松田) ソフトウェアの会社は一般的に、開発は内製化して、パッケージや広告は代理店に頼むと思うんですけれども、弊社は真逆です。むしろ、そこが一番の強みだと思っています。もちろん中身も重要なのですが、まずお客さまに手に取ってもらううえでパッケージは重要です。

朝倉 たしかに、お客さまにはソフトウェアの中身までは買うときにわかりませんから、パッケージで判断するしかないですもんね。

松田 常務の森本は、創業時から弊社のロゴや製品パッケージを手掛けてくれているデザイナーです。彼とはずっとパッケージが重要だという話をしてきて、創業から4~5年経た2001年ころでしょうか、まず箱から作ることも増えていきました。箱を作ってその製品のウリをすべて打ち出してみると、たとえば「パソコンの立ち上げスピード2倍」というウリに対して4980円なら買ってもらえるだろうと、わかるわけです。このパッケージを先に作ってしまう方式について、そのころの我々のオフィスの近くに箱崎(松田氏の以前の勤め先だった日本IBMの当時の本社所在地)があったので、ダジャレで「箱先ターミナル」と森本と呼んでいました(笑)。

朝倉 たしかに、ウリと価格のバランスがお客さまにとってのバリューであり、箱をみてそれがすぐ伝わるかは重要ですね。

実は35%が英会話学習に使っている?! 「ポケトーク」の価格とお客様が得られるメリットのバランスを考える<朝倉祐介・シニフィアン共同代表×松田憲幸・ソースネクスト社長 対談前編>松田憲幸(まつだ・のりゆき)さん
ソースネクスト株式会社 代表取締役社長
大阪府立大学工学部数理工学科卒。日本アイ・ビー・エム株式会社のシステムコンサルタントを経て、1996年に株式会社ソース(現ソースネクスト株式会社)を創業。2006年12月に東証マザーズ、2008年6月に東証第一部に上場。ソースネクストは約50カ国で働き甲斐に関する調査を行うGreat Place to Workによる2019年版日本における「働きがいのある会社」ランキング(従業員100~999人)で12位と5年連続でベストカンパニーに選出されたほか、東洋経済オンライン「初任給が高い会社」ランキング(2017年)で第7位にランクイン。2012年より家族で米国シリコンバレー在住。兵庫県出身。新経済連盟理事。

松田 AI通訳機の「ポケトーク」は累計60万台売れていますけど、通信料込みの使い放題で契約なしの買い切り2万9800円という売り方が大きかったと思います。

お客さま側からみれば、価格に対して得られる実利とのバランスで判断されますから、実利が上回っていれば、必要条件は満たされます。でも、それだけで十分条件にはならないんです、自分の懐具合との相談もあるわけですし。そもそも箱だけ置いてあって買っていただけるのは、ものすごく低い確率ですし、箱の段階で失敗をなくすしかない、と気づいたんです。

朝倉 松田さんが店頭でご覧になっていて、今でもこの商品は高すぎるなあ、もっと安くすればもっと売れるのに、と思われるものが沢山あるんですか。

松田 あります。実際に大手メーカーさんが開発された製品で、あまり売れていなかったものを、弊社で販売受託してパッケージを変えたところ、従来の100倍、1000倍売れた。そういうマジックを、実際に何度も経験してきました。

大手メーカーさんの製品はやはりすごく性能が高いものが多いのですが、往々にして高すぎるんです。実際にそのメーカーさんに行くと、開発者の方たちも「どうせ売れない製品を作っているんだ」というマインドになってしまう。でも、それをネーミングとパッケージだけ変えて半額にしたら、業界12位だった売上が1位になったこともあります。

家電量販店等で売れ始めていくと開発会社の方も家族や社内から褒められるし、利益が上がって開発費をかけられるようになって製品のクオリティもどんどん上がるしで、いい循環が回り始めるんです。BtoBの製品なら営業マンの話術で売れるでしょうが、BtoCの製品はパッケージだけでお客さまにいかに訴求できるかの勝負です。

朝倉 このパッケージなら、お客さまに響くなという感覚はどのように鍛えておられるんですか。

松田 創業当初はそれこそ毎日、家電量販店さんの店頭に立っていたんです。すると、「こういう商品を仕入れてきて」「こういう商品が欲しい」という情報をいただけて、ほぼ100発100中でした。

今はさすがに毎日は無理ですが、それでも年に数回は店頭で接客します。それは、お客さまの声を直接聞いて、商品のウリの打ち出し方を変えていくためです。これだけは、実際にお客さまと話してみないと感覚がつかめない。

たとえば、少し前までは「WiFi」といってわかる年配の方は少なかったですが、今では60代の女性でも普通に使われます。これなら、説明なしでWiFiを書けるなというのがわかる。あるいは、テレビショッピング等のインフォマーシャルだと、もう少しかみくだいたほうがいいな、などです。お客さまに合った言葉を使えるかどうかの勝負です。

朝倉 一次情報をみずから取りに行かれているわけですね。

松田 そうですね。さまざまなエリアや時代に応じて、お客さまのITレベルややりたいことも変わっていくので、年に数回は店頭に立たないと危ないなと思っています。

たとえば、同じ「ポケトーク」でも2つの機種があるのですが、売上比率がエリアによってかなり違うんです。かたや、2万9800円でカメラ翻訳や英会話レッスン機能がついた新型「ポケトークS」、かたや1万9800円に値下げした「ポケトークW」。東京では9:1でSが多いけど、大阪では半々。

ほかにも「超字幕」という映画を教材とした英語学習ソフトであれば、東京で圧倒的に売れて地方では売れない。英語を熱心に勉強したい人というのは、圧倒的に首都圏に集中しているわけです。

朝倉 開発予定のアプリやウェブサービスの内容をウェブ上のサイトに「受付中」と提示してみるなどして、お客さまの反応をみながらファインチューニングしたりする手法は広く知られるようになりましたが、それに近いことを20年前から実践されてきているんですね。

松田 ただ、「ポケトーク」の場合は、箱がウリにならないんですよね。店頭には箱でなく実機が置いてあって、購入を決めたお客さまだけに箱をお持ちするという売り方なので。だから、「箱先」とは戦い方が違う。製品の筐体やインターフェースそのものをスタイリッシュで機能的にしていかないといけない。

朝倉 12月に出た新製品の「ポケトークS」は従来のWと比べてだいぶ薄いですね。

松田 75gですから、軽いでしょう。しかも、これはWもSも両方ですが、翻訳するときの反応がとても速くなりました。スマートフォンのアプリより格段に速いです。それは、音声を受け取って、翻訳して、それを音声とテキストで出力するまでの流れをものすごくチューニングしてるからです。

実は35%が英会話学習に使っている?! 「ポケトーク」の価格とお客様が得られるメリットのバランスを考える<朝倉祐介・シニフィアン共同代表×松田憲幸・ソースネクスト社長 対談前編>「ポケトーク」は「箱先」では売れない、と松田社長(左)

朝倉 ハードの製品ですが、ソフトウェアの力が生かされているわけですか。

松田 一見ハードに見えますけど、ソフトの塊であり、弊社の強みが活きる製品です。国内シェア95%を実現できている理由もそこにあると思います。これは、さっきの「箱先」ではなくて、カメラ翻訳や英会話機能といった中身で勝負します。先日、世界シェア31%で1位を獲得できまして、それは私にとっては非常にうれしい出来事でした。翻訳機市場は中国メーカーがものすごく多くて、中国人のマーケット自体が大きいですから、厳しい競争になってはいますが。

朝倉 翻訳機で英会話のレッスンもできる、ってすごいですね。

松田 実は購入されたお客さまのうち35%が語学学習に使われています。弊社の「言葉の壁をなくす」というミッションに照らせば、翻訳機も英会話学習もどちらも理にかなっていて、両方を押し出したいと思っています。日本人は英会話学校に行っても、恥ずかしがりで積極的に話されない方も多いと思います。でも、これなら家で一人で練習できますし、相手が人間じゃなくて機械ですから、ぴったりじゃないかなと。海外に行く年1回のために2万9800円はちょっと高いかもしれませんが、英会話学校に通うのと比べれば安いし、十分元を取っていただけるかなと思います。英語だけでなく、スペイン語や中国語など5言語でレッスンできるように広げていく予定です。(後編につづく