決めた以上は「商売で絶対に成功するんだ」と思いました。

 そのため、開店時に3つの目標を自らに課しました。「3年間一日も休まない」「顧客ゼロの日は作らない」「30歳になる3年後に福岡一の繁華街天神地区に店を出す」です。

 さらに加えて、33歳までにもう1店出店し、35歳までに天職を見つけるという目標を決めました。

 アフター・ザ・レインは、世界の珍しいビールが飲めることが売りの、お客さんが10人も入れば満員のバーでした。

 でも、小さいながらも魅力的な店でした。

 アフター・ザ・レインという店名はもともと兄貴たちがつけたものです。当時、僕は悪いことをしたばかりの時期(編集部注:河原社長は25歳時、窃盗で逮捕され、執行猶予3年の判決を受けた)でしたから、「雨上がり」ってちょうどいいな、これは自分の名前みたいだなと思って始めました。

バーの店主として
裸でパフォーマンス

 店ではウオッカを飲んだりしながら、精いっぱいのパフォーマンスをしていました。演出、照明、音響、役者もすべて1人の5坪の舞台です。時には裸になって、カウンターで歌ったり踊ったりして、お客さんを楽しませていました。

 その後、30歳で移転した店は、広さが20坪ぐらいになり、より動けるようになったので、店内を裸で走り回ったり、床を泳いだりしていました。行きはクロール、帰りは背泳ぎとかで。パフォーマンスに拍車がかかりました。