「社長がそういうつもりなら、私は今日で辞めます。弁償した金は返してください。ネットで調べたら、『社員が落とした金を会社が弁償させるのはおかしい』と書いていましたから」

 店長はそう言って本当に退職してしまった。

 そして、細川も翌日から無断欠勤を続けた揚げ句、連絡がつかなくなった。

 社長は「やっぱり細川が取っていたのか」とショックを受けた。

 結局、社長は店長に頭を下げて戻ってきてもらい、店長が弁償したお金も返した。

 店長も、「元はといえば、自分が売上金を持ったまま酒なんか飲んだから…」と反省し、社長に改めてわびた。

社員が不注意で無くしたお金
会社はどこまで弁償すべきか

 従業員が不注意により会社のお金を無くした場合、本人に弁償する責任はあるのだろうか?

 労働者が債務不履行(労働義務違反)や不法行為により使用者に損害を与えた場合は、労働者本人が損害賠償責任を負うことになる。

 しかし、労働者に金銭的な賠償を求めることは厳しすぎるとして、判例では信義則に基づく責任制限法理を採用している。

 これは、会社の指揮命令下の労働、業務上の過失は企業経営上起こりうることなので、事業活動によるリスクはそれにより利益を得ている使用者が負担すべきであるという考えで、会社の損害賠償行使を制限しようとするものである。

 実際、重大な過失までは認められないケースの判例では、ほとんどの場合、労働者に対する損害賠償請求は認めていない。また、重大な過失があったケースでも、責任の範囲を軽減している判例もある。

 今回のケースでは、そもそも店長は本来の売上金の処理を怠った上に、多額の売上金を持ったまま泥酔したという失態があるため、労働者に重大な過失があったといえる。しかし、裁判には至らず、また、結果的に会社が店長に弁償金を返したので、労働者は多額の賠償をせずに済んだ。

 いずれにせよ、こうした金銭トラブルが起きれば、会社は金銭のみならず、人材をも失うリスクがある。それを避けるためにも、金銭管理をしっかりとチェックする仕組みづくりが重要となる。

※本稿は実際の事例に基づいて構成していますが、プライバシー保護のため社名や個人名は全て仮名とし、一部に脚色を施しています。