多くの「ガールズ」たちは
使い捨てられたようなもの

 結局、当時、小沢ガールズとしてもてはやされた女性議員たちは今、壊滅状態に等しい。再度の政権交代選挙での落選を機に、「政治家を辞める」と安心した表情で永田町を去って行った女性議員が少なくなかったことからも、「使い捨てられた」ようなものだと私は肌で感じた。

 しかしこれは、当時、選挙を取り仕切っていた小沢一郎・民主党幹事長の責任問題という単純な話ではない。

 小泉政権時の郵政解散(2005年)で、「女性の美人刺客の候補者」が話題となり、次々と当選を果たしたことで、出来上がった選挙術ともいえる。小泉元首相が試したことを、小沢氏が完成形にしただけの話だ。

 有権者の政治意識という点では、明らかに「後進国」である日本では、こうした選挙術が大きな勝因になってしまう。政治力=数である以上、小泉元首相や小沢氏を単純に責める気にはなれない。

 現行の小選挙区制度は「51対49」――つまり、多数決で負けた方の「49」の声は切り捨てられてしまう制度である以上、仕方ない面もある。政治家は勝たないことには、仕事をさせてもらえないのだから。2005年の郵政選挙でも、多くの「小泉ガールズ」が誕生したが、今も残っているのは、片山さつき議員、佐藤ゆかり議員、猪口邦子議員ぐらいしか思い浮かばない。この3人はそれぞれ落選を経験し、再びはい上がってきているが、15年たった今でも存在感を示しているのは、押し出しが強すぎるほど強い片山議員ぐらいではないか。

 彼女たちも、先輩の男性議員からは何も教わっていないし、「将来ある政治家」として育てられてもいないだろう。恐らくは、自力で必死に、政界の泥水を飲みながら生き延びてきたのだと思う。その上の世代の女性議員が少なすぎたというのもあるかもしれない。いわば、自力型女性議員の先駆者ともいえる高市早苗総務相は、かつて私のインタビューでこんなことを言っていた。

「51対49の世界では、自分のライフワークとする分野を持つだけでなく、万人に受ける政策を語れなければいけない」

 だから皆、金太郎あめのように社会保障政策を連呼する。特に、有権者の中核をなすシニア層に受ける医療・介護分野は必須である。そして、見目麗しい女性議員が、日常生活でも、ネットの世界でも、常に憧れと憎しみを同時に抱く有権者からの監視やつきまといの危険性と裏腹なのは、高市議員の世代から変わらない。三宅元議員はストーカートラブルを抱えており、それが自殺の遠因になったともいわれている。