NBAの伝説コービー・ブライアント衝撃死、LAの「聖地」で見た慟哭と祈り
コービー・ブライアントはNBAのレジェンドだった Photo:Sipa USA/JIJI

NBAバスケチーム、ロサンゼルス・レイカーズの元選手、コービー・ブライアントが不慮の事故で死亡した。突然の悲報を受け、全米に衝撃が走った。コービーが20年にわたってプレーしたLAレイカーズの本拠地スタジアム、ステイプルズセンターには多くのファンが詰めかけた。彼らの慟哭と祈りを現地からレポートする。(取材・文・撮影/ジャーナリスト 長野美穂)

「オーマイガー!」続出
コービー・ブライアント事故死

 1月26日、カリフォルニア州ロサンゼルスの日曜日の昼下がり。食料品の買い出しのため、近所のスーパーまでクルマを運転していると、ラジオからニュース速報が流れた。

「NBAバスケチーム、ロサンゼルス・レイカーズの元選手、コービー・ブライアントが、今朝ヘリコプターの墜落事故により死亡しました。41歳でした」

 思わず耳を疑った。あのコービー・ブライアントが死亡……?レイカーズの現役スター選手、レブロン・ジェームズが、引退したコービーのキャリア得点記録を抜いたのがつい昨日のことだったのに?

 呆然としたままスーパーに入り、生鮮食料品売り場に行くと、リンゴの山の前で、スマホを耳に当てて通話しながら「コービーが?オーマイガー!信じられない」と泣き崩れそうになっている黒人女性がいた。

 すぐに自宅に戻りテレビをつけると、どの局も臨時速報を流していた。ヘリが墜落して煙を上げている、ロサンゼルス郊外のカラバサスの土手の映像が映っている。

「コービーと一緒にヘリに乗っていた彼の13歳の娘さんも、亡くなったようです」とアナウンサーが伝えた。

LAダウンタウンに集結したファンたち
コービー・ブライアント死去が報じられた26日、LAダウンタウンに集結したファンたち 写真:長野美穂(以下同)

 その瞬間、カメラバッグをつかみ、クルマに飛び乗った。目指すのは、ダウンタウンにあるステイプルズセンターだ。LAレイカーズの本拠地のスタジアムであり、コービー・ブライアントが20年にわたってプレーしてきたホームコートだ。

 高速を運転しながら、ラジオをスポーツニュースのESPNの周波数710に合わせると、「今日のこの衝撃的なニュースを、どこで、どのように知ったか、LA市民は一人ひとり、きっと生涯忘れることはないでしょう」というアナウンスが流れた。

 ロサンゼルスの街では、大人から子どもまで名前を知らない人間はいないほどの有名人、それがコービー・ブライアントだ。

 ペンシルバニアの高校を卒業してすぐにプロ入りし、NBA(全米バスケットボール協会)のLAの地元チーム、レイカーズに所属。2016年まで同じチームで20年間プレーした。彼の在籍中にチームはチャンピオンシップ優勝5回を達成し、彼は2008年にMVP選手に選ばれた。

 だが、そんな戦歴スタッツだけでは計れない、すさまじいコービー人気を筆者が最初に思い知ったのは、2006年にワシントンDCからLAに引っ越してきたときだった。

 LAの米新聞社に記者として入社したのだが、1週間のうち気楽な服装で出社していい金曜日、つまりカジュアル・フライデーには、編集部の白人エディターや記者、黒人やアジア系のページデザイナー、IT部のインド系のエンジニア、メキシコ系の印刷工員など、あらゆる人種の全社員のうち、約半数ほどの人たちが黄色いレイカーズのジャージを着て出社するのだ。しかも背番号の多くはコービーと同じ「24」。

 黄色と24の数字で埋め尽くされた金曜日の昼食時のカフェテエリアの光景を見て、「いったい、何なんだこれは」と度肝を抜かれた。

 スポーツ新聞社ではなく、お堅い経済新聞社なのだが、毎朝が、株式相場や四半期決算の数字の話題よりも先に「昨日の試合、コービーがさ」「いや、コービーのあのショットだけど」という会話で始まるのだ。それがLAという街の「当たり前」だということに気づくまで、少し時間がかかった。