「麻布→東大卒」でありながら「プロゲーマー」という経歴が、世間の話題となったときどさん。しかし順風満帆だった彼のプロゲーマー人生は、ゲーマー20年目の2013年ごろに壁にぶつかった。格闘ゲームのeスポーツ化による環境の変化によって、全く勝てなくなったのだ。
2冊目の著書『世界一のプロゲーマーがやっている 努力2.0』では、そのV字回復の軌跡を紹介しながら、ときどさんが毎日やっている「努力のやり方」を紹介している。「圧倒的に変化が激しい」eスポーツの世界で戦うために、必要なこととは何か。ビジネスマンにも役立つエッセンスを語ってもらった。

僕がプロゲーマーを選ぶまで

 自分の進路の選択でも、目の前の仕事でも、なぜやるのかを考えて納得し、自分で「やる」と決める。これは結構しんどいことです。結果、「自分がやりたいと思って選んだ職業が、実は世間の目を気にして決めていた」ということが起こりがちです。他人の目や世間を意識している時点で、心の奥底では嫌だと思っているので、前に進むことができません。でも「自分で決めたことだから」と頑張ると、無理をすることになります。

 「自分で決めたんだから文句をいうな」「自己責任でなんとかしろ」─僕はそういう考え方が、あまり好きではありません。

 プロゲーマーという職業を選んだときにも、僕は「自分で決める」ことの難しさを痛感させられました。

 前回の記事で述べた通り、何とかなるだろうと思って進学した大学院……その末路は惨めなものでした。いよいよどうにもならなくなって家族とも相談し、辞める決意をしたのは進学して1年以上経ってからのことです。
その後僕は、気を取り直して公務員を目指すことにしました。就職して仕事をしながら趣味のゲームをする。そういう道を行くのだろうとぼんやり思いながら、就職活動を続けました。学業と両立しながら続けてきたゲーム。今度はその学業が仕事になるだけのことです。院では失敗したけれど、またうまくやれるさ。そう思い込もうとしたものの、少しずつ、違和感はふくらんでいました。
 二次面接を終えて、いざ働くことが現実的になっていったころ、「本当に公務員でいいのか」「何だかまずいことになる気がする」と心の声が聞こえてきました。違和感は不安へと変わり、僕の中で無視できないものになっていました。

 よく考えてみると、公務員という選択は僕にとって、積極的なものではありませんでした。新卒でない立場で企業に入社する選択肢は、現実的ではない。その程度の理由でした。
 僕はなぜ、大好きなゲームを職業にするという選択肢を無意識に消してしまっているんだろう? 初めて、そのことを深く考えたときに、気にしていたのは「世間体」だということにはっと気づいたのです。
 当時、格闘ゲームのプロ化の兆しはありましたが、まだ海の物とも山の物ともつかぬものでした。僕は知らず知らずのうちに自分の気持ちにフタをして、公務員を「受け入れ」ようとしていたのです。
僕が最終的に決めたのは、プロゲーマーになるという答えでした。

 そもそも僕が、学業とゲームを両立していた理由。それは「両立させておけば親や学校、世間から、ゲームについて文句を言われないから」でした。世の中が決めたレールに乗って、与えられた課題をクリアしていく。今思えば僕の人生は、ずっとその連続でした。僕は、それが得意でもありました。
しかし、誰かが「正解」を教えてくれる時期はもうとっくに過ぎていました。一人の大人として判断するべきときに、何も考えずに進路を決めた。それが大学院での根本的な過ちでした。
自分はどうしたいのか。どう生きたいのか。他ならぬ自分自身のために、覚悟を決めるときが来ていたのです。