――描いていて楽しかったことは何でしょうか?

『花の慶次』は苦しみながら描いていた記憶しかないのです(笑)。『北斗の拳』は本当に描きたくて描いていましたが、連載終了後は描きたいものがなく、漫画家を辞めることも考えていました。

花の慶次―雲のかなたに―1990~93年の3年間、「週刊少年ジャンプ」に連載していた『花の慶次―雲のかなたに―』。2011年より徳間書店から復刻。現在はKindleでも購入可能だ(画像はKindle版の表紙)

 当時はまだ若く世間知らずだったので、一発当てれば一生食っていけるだろうと思っていたのですね。でも税金を納めたら思ったより手元にお金が残らず。それなら働かなければと、漫画家を続けることにしました。

 でも、遠い未来を描いた『CYBERブルー』(88~89年)は長く続きませんでした。近未来は『北斗の拳』で描いてしまっている。現代物を描くとしても、僕は裸や筋肉ばかりを描いていたから似合わない。悩んでいると、今の会社の社長(当時の担当編集者)の堀江信彦さんが「じゃあ時代劇しかないんじゃないの?」と。

 そうこうしているうちに堀江さんが「原さんが描いたら世の中の人に伝わるのではないか?」と、原作となった隆慶一郎先生の小説を持ってきてくれました。

 時代劇は着物です。僕が描くとダサくなってしまうかもしれない。でも慶次の時代は、和洋折衷の時代です。外国の文化をいっぱい取り入れているんですね。時代劇の雰囲気に寄せ過ぎず西洋風にアレンジして描いてみようと、連載に向けた戦略が決まったのです。

――衣装は資料を基に、原先生の想像を乗せて出来上がっていくイメージでしょうか。

 隆先生や堀江さんがいろいろと資料を見せてくれました。その中には「洛中洛外図』などの貴重な資料もありましたね。もらえるのかと勘違いして、絵を描き込みそうになりましたが(笑)。

 戦国時代の人は本当にすごい格好をしています。張りぼてのかぶとや甲冑ですけれど。「現在は残っていないだけで、当時はこうした衣装があったかもしれない」「この衣装があるならこれもあったかもしれない」とどんどんイメージを膨らませてきました。漫画特有のデフォルメですね。漫画というのは、物事をいかにデフォルメして読者へ伝えるかが大切だと思います。

――確かに「洛中洛外図』には傾奇者も載っていますね。

 そう、傾奇者の服装がけっこう載っているんですよ。毛皮を着ていたり、変なマスクをしていたり、派手な格好をしている。それに南蛮人など外国人も多い。そういう絵を見て「この服装、全部参考になる!」とうれしくなりました。その時代に実際に存在していたのだから、日本人が着ていたっておかしくない、そう考えたのです。

 でも正装はやはり着物なので、そこは悩みました。デフォルメが難しい部分に関しては。日本の世界観もきちんと描かなければ完全なうそとなってしまいますから。バランスが大事なのです。でも時代劇をこれまで長く描いてきたために、現在「月刊コミックゼノン」に連載中の漫画『いくさの子 織田三郎信長伝』の衣装はだいぶファンタジーに近づいていますが(笑)。

 最近の大河ドラマでもそうですよね。昔と比べて衣装に思い切りがある。視聴者に楽しんでもらうには「絵」として持たせなければいけない。私はその気持ちがよく分かります。