『花の慶次』は
大人にこそ響く

『葉隠』に描かれた武士は朝起きたときにまず、観念的に「自分を殺す」ところから始めるんです。刀を持って歩いているので、いつ死ぬか分からない。外に出たら周りは敵だらけです。ある意味、今のビジネスパーソンも同じかもしれませんね。常に油断できない。

 最初に死という「最悪の状態」をイメージしておく。すると覚悟ができ、普段の生活って意外と何てことないんだなと感じるのです。急に何かあっても慌てず、冷静に対応できるようになります。

 戦時中、特攻隊の死を賛美する書としてこの本を読むことが推奨されたようです。そのため戦後は悪い印象を持たれてしまった。でも本質は異なります。自分を犠牲にすることが良いわけではなく、生きるためにまずは観念的に自分を殺す。だから「死ぬことと見つけたり」なんです。死ぬことが良いと書かれているのではなく、生き方が書かれているのです。

『葉隠』に見るこうした武士の心構えが『花の慶次』に盛り込まれています。でも実際に権力者にかぶいてはいけません。

花の慶次(C)隆慶一郎・原哲夫・麻生未央/NSP 1990

――慶次は豊臣秀吉との謁見時に猿まねなどをしましたね(笑)。

 本当に超人みたいな人でないと無理なので。大事なことは、負けている側に付くということです。弱い人を見捨てるのではなく、あえて俺も一緒に死んでやる。そのぐらいの心意気を持った人間は逆に生き残るということを、慶次は体現しています。覚悟を決めた人間は強いのです。

 自分が調子悪いときに味方になってくれた人とは、真の友人やパートナーになれますよね。本当の友情であり、信頼関係が生まれるときです。それは今の世の中でも変わりません。

 自分を守りながらこなす仕事というのは、やはり駄目なんですよ。みんなに本当に喜んでもらうことはできません。

 追い込まれたとき、苦しいとき、責任を果たさなければいけないとき。そのようなときの心持ちが、『花の慶次』では随所に慶次の言葉となって表現されています。そういう意味では、大人になってからこそ楽しめる漫画かもしれませんね。