新型コロナウィルスの感染拡大を受け、思い起こさせられるのは1970年代の狂乱物価である。上尾駅の騒乱、千里ニュータウンのトイレットペーパー・パニック、豊川信用金庫の取り付け騒ぎなどが起きた。事態の収束が見通せない中、日本経済全体へのインパクトや必要な対応、「日本売り」の可能性などについて、元日本銀行金融研究所所長の翁邦雄・法政大学客員教授に緊急寄稿いただいた。
日本経済は乱気流に突入しつつある
新型コロナウィルスの世界的感染拡大による景気後退への懸念が強まっている。日本経済についても、黒田東彦日本銀行総裁は2月23日のG20会合後の記者会見で基本的な見通しに大きな変化はないと発言したが、今やかなりの乱気流に突入しつつある。
中国でSARS(重症急性呼吸器症候群)が発生した2003年当時との経済的影響の出方の違いには、ウィルスの性質の違いだけでなく、グローバリゼーションの進展で、サプライチェーンが国際的に絡み合っていること、その中で中国のプレゼンスが格段に大きくなっていることがある。
すでに、さまざまな地域での入国制限により、国際的な財やサービス、そして人の流れは大きく抑制ないし遮断されている。その中で、世界第2位の経済大国であり、さまざまなグローバルサプライチェーンのかなめである中国の景気減速は急激だ。中国国家統計局が2月29日発表した2020年2月の製造業の購買担当者景気指数(PMI)は大幅に悪化し、前月より14.3ポイント低い35.7とリーマンショック直後の08年11月(38.8)を下回り、過去最低を記録した。2020年前半の成長率のかなりの低下は不可避にみえる。
さらに新型コロナウィルスは、SARSなどと異なり、無症状の感染者がウィルスの感染を媒介するというやっかいな特性をもつことが分かってきた。その上、なお未知の要素が多く、感染拡大が2~3カ月という比較的短期で収束するのかは現時点では判断できない。
したがって、政策対応を考える上では、次の2点を考える必要がある。
「いま必要なこと」と「長期化した場合に必要なこと」である。
「履歴効果」と「不安の増殖」を防ぐことの重要性
まず、「いま必要な政策対応」を考えるに当たって重視すべきことは何か。
一つは「履歴効果(ヒステリシス)」の遮断であり、いま一つは「不安の増殖」へブレーキをかけることだ、と筆者は考える。
「履歴効果」は過去に起きたことが(それが比較的短期間でも)将来に不可逆的な影響を与える現象だ。
不特定多数の人が来店することを前提とする飲食店などサービス業や観光業では、新型コロナウィルスの恐怖や感染防止対策のために、人がまったく来なくなる可能性がある。そうなれば、体力のない零細企業は短期間で倒産する。廃業してしまえば、蘇生させることは難しい。その負の影響は、従業員や取引先、与信金融機関に広がる。新型コロナウィルスの蔓延防止のために、政府が国民や企業に活動休止や自宅待機で新型コロナをやり過ごすことを求めるなら、それによる犠牲者を出さないための緊急措置が必要だ。
他方、「不安の増殖」は社会を混乱させ、経済活動を急激に低下させる可能性がある。
1930年代の大恐慌に立ち向かったフランクリン・ルーズヴェルト米大統領が、就任演説の冒頭で「われわれが恐怖すべきことはただ一つ、恐怖そのものなのである」と述べたことはよく知られている。
不安が増殖していくと何が起きるのか。すでに今の日本にも、その兆しが見られるので、狂乱物価の経験を振り返ってみよう。