アメリカの失敗で、危険に晒される「日本」
中野 日本の安全保障が根本的に危ぶまれる状況に陥る可能性が高いということです。もちろん、現在のような不確実性の高い状況下にあって、今後、日本がどのような道を辿るのかを予測するのは容易ではありません。しかし、アメリカのグローバル覇権喪失という「経路依存性」が働いていることから、ある程度の方向性は見えてくるのです。
――米中戦争が起こりうるということですか?
中野 いえ。もちろん「ない」とは言い切れませんが、その可能性は低いと見たほうがいいでしょう。
なぜなら中国は、アメリカと「世界の覇権」を争っているわけではなく、せいぜい東アジアにおける地域覇権国家になることを目指しているにすぎないからです。アメリカにしてみれば東アジアにおける覇権を維持しようとさえしなければ、中国の台頭は自国の安全保障にとって脅威とはなりません。
アメリカは西半球の地域覇権国家、中国は東アジアの地域覇権国家として、両国は太平洋を挟んで十分に共存することができますからね。だから、アメリカには、かつてのソ連封じ込めとは違って、中国封じ込めに強い戦略的な動機がないんです。
しかも、この20年間、アメリカはアフガニスタンやイラクにおける紛争の泥沼化と長期化によって、国民の多くが厭戦的になり、アメリカが「世界の警察官」として活動することを望まなくなっています。トランプが2016年の大統領選で「アメリカ・ファースト」を訴えたのも、その文脈の上にあるわけです。
中国も、そのことをよく認識しています。習近平はかつて米中首脳会談において「太平洋には米中という二つの大国にとって十分な空間がある」と発言したことはよく知られています。中国はアメリカに対して、米中間の覇権戦争を避けたいのならば、東アジアから撤退せよと促しているんです。
そして、アメリカの現実主義者たちの論調は「中国との紛争回避」がますます有力になっています。たとえば、政治学者のクリストファー・レインは、「地域の勢力均衡が中国に有利な方向へと移行している事実をアメリカが受け入れなければ、米中の紛争が起きるのはほぼ確実である」と述べ、アメリカが東アジアから軍事力を徐々に引きあげていくだろうと予測しています。
――在日米軍を縮小・撤退するということですか?
中野 それもあり得ると考えておくべきでしょう。アメリカにすれば、中国、ロシア、イランを敵に回して軍事的コストが上がっているのに、「なぜ自分たちが犠牲になって日本を守らなくてはならないのか」と考えるはずだからです。
あるいは、「日米同盟は維持してやるが、その見返りに、さらなるベネフィットを寄越せ」と日本に要求してくる可能性が出てきたのかもしれない。実際、トランプ政権は、在日米軍を駐留させる経費負担を大幅に増やすように要求しています。
ただし、経済的ベネフィットを提供するかわりに、日米同盟を維持してもらったところで、その程度のメリットのために、日本のために、アメリカが巨大な軍事力と市場を有する中国との戦争を覚悟するということはあり得ません。
アメリカにとって日米同盟の主目的はあくまでも自国の安全保障なのであって、日本から得られる経済的利益は副次的な効果に過ぎません。日米同盟に軍事戦略上の意義がなくなれば、日本がいくら経済的利益を差し出したところで、アメリカは日本の安全を保障することはないのです。そもそも、たかだか経済的利益のために、自国の兵隊に「日本のために命を賭けて戦え」などと言えるはずがありません。
――たしかに、そうですね。