アメリカの覇権パワーが音を立てて崩れるなか、2000年代以降、日中の軍事力の格差は、飛躍的に拡大した。戦争を避けるためには、このような勢力不均衡をつくってはならなかったと中野剛志氏は指摘する。しかし、いまの日本では、財政担当は国防よりも目先の財政健全化を優先し、国防担当は「財政的に無理」と言われると反論できないのが実情。そのため、日本は非常に危険な状態にあると言わざるを得ないという。しかも、コロナ禍で各国が「自国中心主義」にならざるを得なくなっており、日本を取り巻く状況は厳しさをましていると指摘する。(構成:ダイヤモンド社 田中泰)

「コロナ禍」でさらに緊張が高まる、<br />日本を取り巻く国際政治の“残酷な真実”Photo: Adobe Stock

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トランプ政権の外交政策は大失敗

――前回、冷戦後のアメリカの戦略ミスによって、アメリカのグローバル覇権はすでに大きく揺らいでいるとおっしゃいました。しかも、アメリカも、それをとっくに認めていると……。

中野 ええ。そのとおりです。

 2012年にアメリカの「国家情報会議」が公表した「グローバル・トレンド2030」という重要文書があります。これは、アメリカ政府が、少なくとも公式見解として、世界の中長期的な潮流をどのように見ているのかを知る上で、きわめて貴重な資料です。

 そして、この文書において、2030年までにグローバルな覇権国家としての地位を失うだろうと、アメリカ政府自身が正式に認めているんです。さらに、2020年代に中国がアメリカを抜いて世界最大の経済大国になると予測するとともに、世界のシーレーンに対するアメリカの海軍覇権は、中国の外洋海軍の強化に伴って消滅していくと想定しています。

 重要なのは、その予測が当たるかどうかではなく、2030年までに、世界はグローバル覇権国家の存在しない多極化した構造となると、アメリカが考えているということです。

――自らがグローバル覇権国家でなくなることを前提に、アメリカは国家戦略のシナリオを考えているわけですね?

中野 そういうことです。

 社会科学に「経路依存性」という概念があります。歴史的な事件や偶然の出来事が出発点となり、それがひとたび軌道に乗ると、人々はその軌道に従って行動するようになり、その結果、その軌道がますます固定化し、増幅していくことを指します。

 この概念になぞらえて言えば、アメリカのグローバル覇権の衰退は「経路依存性」を帯びており、さらに加速しているのが現在の世界なんです。一度、「経路依存性」が走り始めれば、そう簡単には止まりません。そして、その「経路依存性」をアメリカもとっくに認めているんです。

――トランプ政権になってから、中国との対立がさらに激化しています。これは、どう見るべきなんでしょうか?

中野 トランプ大統領の外交の大失敗と見るべきでしょう。かつてブレジンスキーが、「日米同盟によって中国の領土的な野心を牽制しつつも、東アジアを安定化させる地域大国である中国とアメリカの協調関係を維持する」という戦略を掲げ、オバマ政権が中東から東アジアに世界戦略の軸足を移したときにも、「中国との共存・協調」を基軸に据えていました。

 しかし、実に困ったことに、トランプ大統領は戦略性もなく、手当たり次第に挑発的な外交を行ったために、中国のみならず、イランとロシアとの関係もさらに悪化させてしまった。最も恐れなければならない三国を、明確に敵に回してしまったのです。

 その象徴が、2018年3月にトランプ大統領が前任者を解任して、国家安全保障問題担当大統領補佐官に任命したジョン・ボルトンです。彼は、大統領補佐官に就任する前に、イランへの爆撃や北朝鮮への先制攻撃を主張していたタカ派の人物です。

 実際、彼は、イランと北朝鮮への威嚇を狙って、シリアのアサド政権への軍事攻撃を後押ししたとされているし、イランへの攻撃計画準備を国防総省に指示したとも報道されました。グローバルな覇権国家としてのパワーを失ったアメリカが、このような挑発的な外交をしたら、世界から反撃をくらうのは当然のことでしょう。

 さすがに、トランプ大統領も「しまった」と思ったのでしょう。2019年9月にボルトンを解任しましたが、もはや手遅れでしょうね。日本にとって、非常に深刻な状況が刻一刻と迫っていると考えるべきです。

――どういうことですか?